”コロナ感染リスクが高い職種トップ30と発熱率が高い職種”
5月13日、PRESIDENT Onlineにこちらの記事が公開されました。
見出しの画像(アイキャッチと言います)にはご丁寧にも、歯科用チェアーを清掃する女性スタッフの写真が使われています。
プレジデントオンラインの記事内容
記事中には以下のような記載がありました。
米「Visual Capitalist」が業務中の複数の要因から弾き出した結果に基づき「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患するリスクが高い職業、低い職業」をランキング形式で発表している。
アメリカの事例であり、実際に新型コロナに罹患した患者の人数ではなく、あくまでも「リスクが高い」とみられるランキングではあるが、緊急事態宣言が延長となる日本でも参考にはなるだろう。
そしてその Visual Capitalist の記事を根拠に、こう述べています。
・最も感染リスクが高いのは歯科衛生士
・同じ歯科関係では、歯科助手が3位、歯科医師は4位にランキングされている
・日本では歯医者から感染クラスタが発生したという報道はない* が、院内感染による新型コロナ感染者は4月24日時点で全国およそ60の医療機関で、1086人となっている
(注釈:* 滋賀県で歯科医院のスタッフ間で感染が広がり、クラスターと認定された例はある。また高知県で患者→歯科衛生士の感染とされた例が1件ある。)
その後、このようにも述べています。
厚労省とLINEの第1回調査では、感染リスクの高い歯科を含む医療関係者や介護職の関係者よりも、飲食店や接客業のほうが「発熱率」が高かった。
これは感染リスクの高い職業ほど、手指衛生をはじめとする感染対策意識が高いためにリスクほどの感染者を出していないと言えるのではないだろうか。
またしても歯科医療従事者が感染リスクが高いとしています。
後半部分、一見正しいように思えるのですが…
記事の結びには、厚生労働省が5月1日に出した報道資料「新型コロナウイルス感染症に立ち向かっている医療従事者へのご理解と応援をお願いします」を引用する形でこう述べています。
厚労省の通達が物語っているように、最前線で新型コロナと戦っている医療関係者に偏見を持つ、差別するなどというのは愚の骨頂だろう。
院内感染や「感染高リスクの職業」などが報じられることによって、「やはり医療関係者は感染しやすいんだ」とばかりに差別が起きるようでは、成熟した社会とは言えない。
このように医療従事者への差別を厳しく断罪しています。
しかしこの記事も「感染高リスクの職業」について報じているように思うのですが…?
歯科医療従事者のCOVID-19の”感染リスク”が高いとする根拠と紹介された「Visual Capitalist」の記事
Visutal Capitalistの記事のリンクがプレジデントオンラインに貼られていました。
この記事を書いたMarcus Lu氏はこう述べています。
職業情報ネットワークのデータ** を活用して、どの職業がCOVID-19への曝露リスクが最も高い ( the highest risk of exposure to COVID-19 )かをグラフ化(視覚化)した
** O*NETという米国労働省 (Department of Labor) のデータベース:About O*NET at O*NET Resource Center
評価対象とされたデータは以下の3つです。
- 他者との接触 (Contact With Others)
- 物理的近接性 (Physical Proximity)
- 疾病および感染症への曝露 (Exposure to Disease and Infection)
この3つのデータの数値(0〜100)をもとに曝露リスクを計算しています。
その結果、1位は歯科衛生士、2位が呼吸療法技師、3位が歯科助手、4位が歯科医師、と続いています。
ここで注意したいのは、Marcus Lu氏がデータから導き出したのは”曝露リスク”であり”感染リスク”ではないことです***。
注釈***
曝露:病原微生物(ウイルスや細菌等)が生体に接触・(一時的に)付着すること
感染:病原微生物が生体内に進入し、定着・増殖・寄生した状態(症状の有無は問わない・定義に生体反応を必須とする場合もある)
確かに歯科医療従事者の曝露リスクは高いかもしれませんが、だからと言って感染リスクが高いわけではありません。
曝露リスクが高いことは百も承知、だからこそ歯科医療従事者を含め医療従事者は曝露そのものを減らす対策を通して感染リスクを減らすべく、様々な努力をしているのです。
(そもそもあの3つのデータだけで曝露リスクが計算できるとは思えませんが…)
(元の Visual Capitalist の記事の主題は、社会生活を支えているバスの運転手やレジ係の方々が低賃金でありかつ健康リスクが高い、という米国の社会構造を明確に(Visualize)することのように読めました)
むしろ逆効果では?
Visual Capitalist の記事で(計算方法はともかく)明らかにされたのは”曝露リスク”です。
それにも関わらず、プレジデントオンラインでは”感染リスク”としています。
プレジデントオンラインの記事は明らかにここを混同しているように思います。
先ほども紹介した記事の引用部分でもそれがうかがえます。
厚労省とLINEの第1回調査では、感染リスクの高い歯科を含む医療関係者や介護職の関係者よりも、飲食店や接客業のほうが「発熱率」が高かった。
これは感染リスクの高い職業ほど、手指衛生をはじめとする感染対策意識が高いためにリスクほどの感染者を出していないと言えるのではないだろうか。
ここの”感染リスク”と”リスク”がともに”曝露リスク”であれば辻褄が合います。
一応書いてみます。
厚労省とLINEの第1回調査では、曝露リスクの高い歯科を含む医療関係者や介護職の関係者よりも、飲食店や接客業のほうが「発熱率」が高かった。
これは曝露リスクの高い職業ほど、手指衛生をはじめとする感染対策意識が高いために曝露リスクほどの感染者を出していないと言えるのではないだろうか。
このように、もし”曝露リスク”と”感染リスク”が明確に区別され、医療現場では曝露に対する対策がしっかり行われていることが分かる記事であれば、プレジデントオンラインが本当に訴えたかった「医療従事者への差別」を払拭する一助になっただろう、と思うと残念でなりません。
逆に言えば”曝露リスク”と”感染リスク”を混同したがゆえに、読者に対して、
「親戚が感染リスクの高い歯科医院で働いているから心配だ」
「あの人は感染リスクが高い歯科医院に勤めているらしいよ」
と「愚の骨頂」とまで断じた医療従事者への差別を、かえって助長してしまうのではないか、と憂慮しています。
このブログがこの記事をお書きになった長篠氏のお目に止まることはないと思いますが、もし長篠氏に伝わり訂正がなされ、医療従事者を思う気持ちがしっかりと伝わる記事になれば望外の喜びであります。
補足
本記事のタイトル「コロナ感染リスクが高い職種トップ30と発熱率が高い職種」ですが、記事を読んでもらうため、クリックしてもらうためとは言え、不安を煽り、社会の分断を生むような表現はあまりいいものではないな、と感じました。
また、本題とは関係ありませんが、記事中にこのような記載がありました。
患者として歯科にかかると、まず衛生士や助手によって口腔内のチェックが行われ、だいたいの症状を確認してから医師が登場するという経験がないだろうか。
あるいは、治療後のケアやクリーニングなどの定期チェックであれば、医師ではなく歯科衛生士や助手だけでその回の診療が終わることも少なくない。
あっ、うーんと…
(了)