昨今、「エアロゾル」という言葉をよく耳にするようになったかと思います。
その中には「ん?」というものも正直含まれているのが現状です。
また何人かの先生に直接ご質問をいただくこともあり、一度まとめることといたしました。
はじめに「エアロゾルとは何か」という定義から押さえておく必要があります。
国や機関、研究者のバックグラウンドにより言葉の定義が様々であり、文献等を読む時に注意しなければなりません。
逆に言えばそれくらい定義があやふやな言葉なのです。
シリーズ一覧
第1回 エアロゾルとは何か?(←いまここ)
第2回 バイオエアロゾルが発生する状況(歯科領域)
第3回 バイオエアロゾルはどれくらいの時間、空中に浮遊するのか?
第4回 バイオエアロゾルはどれくらい広がるのか
第5回 (続く)
歯科領域におけるエアロゾル
Micikの定義
歯科領域で初めてエアロゾル(aerosol)という言葉を用いたのはMicikです1)2)3)4)5)。
Micikはエアロゾルを直径50μm未満の粒子と定義し、環境表面に落下するまでに長時間空気中に留まるとしています。
一方、直径50μm以上の粒子はスプラッター(splatter)と定義し、発生してから弾道状の軌道を描いて環境表面に落下するとしています。
その後のエアロゾルに関する研究6)7)8)9)やCDCの歯科ガイドライン10)もこのMicikの定義に従っています。
Harrelの定義
歯科領域でエアロゾルが大きく注目された出来事としては2003年のSARSパンデミックが有名ですが、2004年にHarrel11)がエアロゾルを以下のように定義しています。
- 直径50μm未満の空中を浮遊する粒子
- エアロゾルは環境表面に落下するまで長期間空気中にとどまることができる
- より小さいエアロゾル(0.5〜10μm)は肺まで到達する可能性がある
Micikの分類に加えて、直径0.5〜10μmのエアロゾルを「より小さなエアロゾル(smaller particles of an aerosol)」と定義しています。
感染症学領域におけるエアロゾル
感染症学領域ではご存知の通り、空気中に存在する粒子のうち、
- 直径5μm以上のものを飛沫(droplet)
- 直径5μm未満のものを飛沫核(droplet nuclei)
と表しています12)。
この分類は1930年代にWilliam F. W.によって提唱されたものとされています13)。
そして
- 飛沫によって感染する感染様式は飛沫感染(droplet infection)
- 飛沫核によって感染する感染様式は空気感染(airborne infection)
と表現されます12)。
またそれぞれの感染様式に対する感染対策として、
- 飛沫感染に対しては飛沫感染予防策(droplet precaution)
- 空気感染に対しては空気感染予防策(airborne precaution)
が必要とされています12)。
またWHO14)やCDC15)のガイダンス等でも5μm(または5〜10μm)というカットオフ値が用いられています。
「エアロゾル」という用語が用いられている文献もありますが、定義に一貫性がなく、中には定義がない文献もあります。読んでいても非常に困惑します。
医学以外の分野におけるエアロゾル
化学・環境学
化学分野、環境学分野では、特に大気汚染物質の一つとしてバイオエアロゾル(bio-aerosol)という言葉が用いられます16)。
バイオエアロゾルは、すべての病原性または非病原性、生きているまたは死んだ真菌(1~30μm)や細菌(0.25~20μm)、細菌のエンドトキシン、ペプチドグリカン、β-グルカン、ウイルス(0.003μm)、高分子量アレルゲン、花粉(17~58μm)などを含む概念です17)。
大きさは関係なく、生物由来の大気汚染物質をバイオエアロゾルと呼んでいます。
工学
工学分野からは、Jianjianらが以下のようなエアロゾルの分類に関する定義を提唱しています18)。
- 大きな飛沫(>10μm)による飛沫感染経路
- エアロゾル(<10μm)による短距離空気感染経路
- 小さな飛沫や飛沫核、エアロゾル(<5μm)による長距離空気感染経路
- 接触感染経路
小さな飛沫と飛沫核、エアロゾルを一緒くたにして同義語として扱っています。
他にも様々な論文で「エアロゾル」という言葉が直径10μm未満の粒子を指していたり19)、large-aerosolとsmall-aerosolという言葉が使われていたり20)と、あやふやです。
『エアロゾル感染』??
「エアロゾル」が注目された事例として先ほど、2003年のSARSを紹介しましたが、これは香港の淘大花園(アモイ・ガーデン)の集団発生事例21)に端を発しています。
汚染されたトイレの排水から発生したエアロゾルが密閉された空間(トイレ付き浴室)に充満した結果、エアロゾルを吸引した住民に感染が生じたと考えられています。
これを一部の報道機関が「空気感染する」と誤訳?したため混乱が生じました。
今回のCOVID-19でも中国当局が「エアロゾル感染が考えられる」とした発表やプレプリント(未査読論文)を「エアロゾル感染=空気感染」とした報道がなされ、混乱が生じました(のちにその記事は削除されました:下のリンク参照)22)。
こうした経緯から、『エアロゾル感染』という用語は混乱を招く恐れがあるため用いるべきではないとする意見もあり、私もそう考えています。
日本環境感染学会の用語集でも「エアロゾル」は収載されていますが、「エアロゾル感染」は収載されていません12)。
ましてや「エアロゾル感染=空気感染」とする表記は誤りです。
今後皆さんがこうした記事や文献を読む場合、こうした点を目安としていただければ良いかと思います。
今回のブログ「エアロゾルシリーズ」では感染症学における分類とHarrelが示した分類11)とを併用して記述することとします。
- 飛沫(droplet):直径5μm以上の空気中の粒子
- 飛沫核(droplet nuclei):直径5μm未満の空気中の粒子
- エアロゾル(aerosol):直径50μm未満の空気中の粒子
- 小さなエアロゾル(small aerosol):直径10μm未満の空気中の粒子
- スプラッター(splatter):直径50μm以上の空気中の粒子
- バイオエアロゾル:上記全てを含む概念と仮定する
以上をまとめた図がこちらです。
この私の独自の仮定により、引用している論文における定義と異なる場合があります。
ご容赦ください。
次回はバイオエアロゾルが発生する状況(特に歯科領域)について解説いたします。
↓ こちらのリンクからどうぞ
参考文献
- Micik RE. JDR 1969; 48: 49-56.
- Miller RL. JDR 1971; 50: 621-625.
- Micik RE. JDR 1971; 50: 626-630.
- Abel LC. JDR 1971; 50: 1567-1569.
- Miller RL. Dent Clin North Am 1978; 22: 453-76.
- Klyn SL. Gen Dent. 2001; 49: 648-652.
- Feres M. JADA. 2010; 141: 415-422.
- Dawson M. Am J Orthod Dentofacial Orthop. 2016; 150: 831-838.
- Retamal V. B. Braz Oral Res. 2017; 31: e21.
- Kong WG. MMWR Recomm Rep. 2003; 52(RR-17): 1-61.
- Harrel S. JADA 2004, 135: 429-437
- 日本感染環境学会用語集・用語解説集 第4版
- Elizabeth L. A. Risk Analysis, 2020; 40. (pre-print)
- WHO, 2014.
- CDC, 2007.
- Bipasha G. Environment International, 2015; 85: 254–272
- Douwes, J. Ann. Occup. Hyg, 2003; 47: 187–200.
- Jianjian W. Am J Infect Control, 2016; 44: S102-S108
- William O. D. JADA, 2012; 143: 1199-1204.
- Thamboo A. JOHNS, 2020; 49:28.
- WHO, 2003.
- https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59729