歯科医師・博士(感染制御学)

感染制御学の博士号を持つ歯科医師です。新型コロナウイルスを含む、感染対策について発信するブログです。

バイオエアロゾルはどれくらいの時間、空中に浮遊するのか? エアロゾルシリーズ③

前回のブログでは、バイオエアロゾルが発生する状況について解説いたしました。

 

 

それでは歯科治療などで一度発生したバイオエアロゾルはどの程度の時間、空気中に残存するのでしょうか。

 

シリーズ一覧

第1回 エアロゾルとは何か? 

第2回 バイオエアロゾルが発生する状況(歯科領域)

 

第3回 バイオエアロゾルはどれくらいの時間、空中に浮遊するのか?(←いまここ)

第4回 バイオエアロゾルはどれくらいの範囲を汚染するのか

第5回 (続く)

歯科領域の研究

個室型診療室と開放型診療室における細菌汚染の研究35)

・個室型診療室

治療終了直後には、空気中の細菌汚染レベルは約80%減少した。

治療終了2時間後と4時間後には,治療前とほぼ同じ値を示した。

・開放型診療室

治療終了7時間後には、治療前と同程度であった。

 

バイオエアロゾルの大部分は急速に重力により落下する一方、

治療終了直後には一定程度のバイオエアロゾルが残存していることが示唆されます。

(この研究結果は個室型診療室と開放型診療室のサンプリング時間が異なるので、2者の優劣は分かりません)

 

超音波スケーリング後の細菌汚染の研究

  1. 超音波スケーリングの後、空気サンプリングから検出された細菌数は10-30分後に通常レベルに戻っていた24)
  2. スケーリング終了30分後には細菌汚染が確認できたが60分後には確認できなかった36)

スケーリング終了30分後まではバイオエアロゾルが残存していることが示唆されます。

 

その他 

  1. 処置終了30分後には細菌汚染のレベルは50〜70%減少した37)
  2. 歯科処置後4時間まで浮遊したままである38)

中には4時間とする主張もあります。

 

いずれの研究もバイオエアロゾルそのものを観察しているわけではなく、細菌が検出される・されなくなるまでの時間を計測している点には注意が必要です。

 

歯科以外の分野の研究

  • 通常の発話によって発生する飛沫は数十分、またはそれ以上にわたって浮遊したままであり、狭い空間で感染症を媒介することが可能である39)。 
  • バイオエアロゾルは術後30分は手術室の空中に存在する可能性がある。
    このことは術後マスクなどのバリアを外すとマテリアルを吸入することになる可能性があることを意味している。
    また空調を通してバリアを使っていない区域に広がってしまう可能性がある40)
  • バイオエアロゾル発生から30分後にも、ウイルスや細菌は空気中から検出される41)
  • 直径1~3μmの粒子はほぼ無期限に浮遊したままであったのに対し、
    直径10μmの粒子では3mの落下17分
    直径20μmの粒子では4分
    直径100μmの粒子では10秒であった42)

歯科治療終了後30分まで細菌汚染が検出された結果とも矛盾しない内容です。

 

SARS-CoV-2は?

いま最も気になる新型コロナウイルスはどのくらい空中を浮遊するのでしょうか。

話題騒然となった論文 

  • SARS-CoV-2はエアロゾル中では3時間、そして環境表面上では最大数日まで生存可能で感染性を維持することができた。その期間中で感染力価は約6倍減衰していた43)

この結果は実験条件(密閉された回転する金属缶の中)におけるものであり、空気中で再現されるものではありません。


この論文はずいぶん物議を醸しましたが、この論文の結果は単に

“エアロゾルの粒子の中でSARS-CoV-2が3時間生存した”

と述べているだけであり、

“空気中でSARS-CoV-2を含むエアロゾルが3時間とどまった(=空気感染する可能性が高い)”

ことは述べられていません。

 

多くの反論letterが寄せられましたが、それに対する著者の返答は要約すると「ちゃんと読んでくれ」でした。

今後のブログで述べることにもなりますが、いわゆる“3密”の条件に近い環境が再現されていると考えるのが妥当であろうと思います。

 

閉鎖環境を危険視する論文 

感染の可能性のある閉鎖的な環境では、ウイルスフィルターの使用や部屋の空気の吸引、換気(airflow changes)、陰圧管理が推奨される44)

 

SARSの原因となったSARS-CoV-1 に関する研究

  • 飛沫感染予防策や接触感染予防策でSARSをコントロールできた。
  • 陰圧室は必要なかった45)

SARS-CoV-1での研究結果ですが、参考になる結果です。

 

  • SARS-CoV-1は、直径1~3μmの粒子はほぼ無期限に浮遊したままで、10μmは17分、20μmは4分、100μmは10秒で床に落下した46)

SARS-CoV-1の実験結果ではありますが、参考になる値です。

ただし、直径1~3μmの粒子に含まれているウイルスの活性(感染することができるのか)については不明です。

 

まとめ

  1. 歯科治療後、どれくらいの大きさのバイオエアロゾルが残留しているのか、といった文献は渉猟し得た範囲では確認できませんでした。
  2. 歯科治療直後には多くのバイオエアロゾルが落下していることは容易に想像できますが、一定程度の残留があると考えるのが妥当であろうと思います。
  3. また「SARS-CoV-2が空気中に3時間留まる」ことは示されていません。

 

次回はバイオエアロゾルはどれくらい範囲を汚染するのかについて解説いたします。

↓ こちらのリンクからどうぞ

  

参考文献

24. Bennett AM. BDJ, 2000; 189: 664-667.

35. Daniel G. Appl. Environ. Microbiol, 1995; 3165-3168

36. H.R. Veena. J. Infection and Public Health, 2015; 8: 260-265.

37. Maghlouth A. A. J Contemp Dent Pract, 2004; 5: 91-100.

38. Marui V. C. JADA, 2019; 150: 1015-1026

39. Valentyn Stadnytskyi. PNAS Latest Articles
www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.2006874117

40. Hinds WC. New York: Wiley; 1982:6-8.

41. Nikitin, N. Adv Virol, 2014, 859090.

42. Knight V. Ann NY Acad Sci 1980; 353: 147-156.

43. van Doremalen N. NEJM, 2020; 382: 1564-1567.

44. Malhotra N. Monaldi Arch Chest Dis, 2020; 90: 161-162.

45. Seto WH. Lancet, 2003; 361(9368): 1519-1520.

46. Tang, J. J Hosp Infect, 2006; 64: 100-114.