歯科医師・博士(感染制御学)

感染制御学の博士号を持つ歯科医師です。新型コロナウイルスを含む、感染対策について発信するブログです。

バイオエアロゾルはどれくらいの範囲を汚染するのか エアロゾルシリーズ④

前回のブログではエアロゾルがどれくらいの時間、空中に浮遊するのかについて解説いたしました。

  

では一度発生したエアロゾルは、どれくらいの範囲に広がり、汚染を広げるのでしょうか。

 

シリーズ一覧

第1回 エアロゾルとは何か?

第2回 バイオエアロゾルが発生する状況(歯科領域)

第3回 バイオエアロゾルはどれくらいの時間、空中に浮遊するのか?

第4回 バイオエアロゾルはどれくらいの範囲を汚染するのか(←いまここ)

第5回 バイオエアロゾルによって汚染された環境表面の清掃・消毒

 

発生源からの距離に関する文献

  • 歯科医院のさまざまな部分にほぼ均一に分散し、その距離は2メートルに達していた27)47)
  • 75%のエアロゾルは2メートル以内に落ちる48)
  • 0.5メートルのほうが2メートルの場所よりも汚染されていた29)
  • 同様に距離が近いほど培養されたとする論文50)もあるが、患者からの距離に対する汚染密度の増加は統計学的に有意でなかった30)とする報告もある

半径2メートルが一つの目安と言えそうです。

 

汚染されやすい部位

  • 歯科治療で発生したバイオエアロゾルによって歯科治療器具や術者の手、診療室、歯科ユニットの表面、および空気などが汚染されていた27)47)51)52)
  • ネクタイ聴診器ペン、ストラップ、名札などが汚染されていた53)
  • 医療従事者のPPEは血液を含むバイオエアロゾルによって頻繁に汚染されていた54)55)

ガウンやエプロンで防護されるのであれば、胸ポケットにペンをさしていても、名札を付けていても大丈夫です。そうでなければ外しておかないと汚染されます。

診療着について

診療着(白衣)の汚染については数多くの報告がありました。

  • 診療着は多種の微生物によって汚染されている56)57)58)59)60)61)62)
  • 診療着の両袖のほうが胸部よりも細菌数が多かった63)
  • 診療着の胸部のほうが胴部のポケットより細菌汚染されていた64)

そで>胸部>胴部の順に汚染されています。

いずれにしても汚染されているので、この順位に大した意味はありません。

歯科医療従事者の診療着について
  • 歯科医療従事者の診療着は血液やバイオエアロゾル、唾液などを介して、様々な病原体を運ぶ危険性がある65)
  • 歯科医療従事者の診療着は62.5〜70.8%が汚染されていた64)
超音波スケーリングによる診療着等の汚染に関する文献66)
  • 細菌汚染は、術者とアシスタントの頭、胸部、マスクの内面に見られた
  • 最も汚染されていたのは、術者の右腕とアシスタントの左腕であった

「マスクの内面が汚染されていた」という点は気になりますが、著者は”マスクの適合性、マスクの適切な装着、動き、髪の毛の長さおよび発声量等がマスクの細菌ろ過効率に影響している67)”とする文献を引用し、自身の研究ではその点を考慮していない(均一化していない)ことに言及しています。よって本研究の結果は、サージカルマスクの機能不足を指摘するものとまでは言えません。

診療着の取り扱い 
  • 診療着は汚染から身を守るための個人用保護具(PPE)と言える68)
  • 診療室外へ出る場合は、診療着の交換や洗濯を厳格に実施すべきである64) 

診療着はPPEである」との考え方に立てば、汚染されていることを前提に行動することは、ごく自然に理解できるでしょう。

診療で使用したグローブを装着したまま外出しないのと同様に、診療で使用した診療着は着替えてから外出しましょう。

また「診療着はPPEである」との考え方に立てば、頻繁の洗浄・消毒に耐えうる素材であることも「PPEとしての診療着」に望ましい条件であると言えそうです。

ご自身がお使いになっている診療着について、一度見直してみてはいかがでしょうか。

 

顔面周囲の汚染

  • 尾翼外側内眼角は頬部に比べて汚染度が高かった
    顔面の汚染度は歯周病専門医のほうが補綴専門医よりも有意に高かった69)
  • ルーペは好気性菌または嫌気性菌で中等度または高度に汚染されていた70)

顔面の中央が汚染されやすいようです。

また当然のことですが、術野に近いルーペの汚染も確認されています。

顔面が汚染されることは明らかですので、インカムを使用している施設は悩ましいところでしょう。

環境表面の汚染

  • 歯科医院において、B型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスによる環境表面の汚染が確認されている71)72)
  • 換気システムのない歯科診療室で空気と環境表面のサンプリングをし、ヘモグロビン(Hb)の濃度を測定した研究73)では、空気・環境表面サンプルともに汚染が確認された 
  • 細菌コロニー数を比較すると、技工所は有意に汚染度が高かった
    技工所は混雑しており、閉鎖され、窓がなかった37)

研究が行われた技工所は大学病院に併設されている技工所でした。

印象への石膏注入から技工所で行われており、細菌が入り込みやすい環境であった可能性があります。

従ってこの研究結果は、単に「技工所は汚染されやすい」ということを意味しているのではありません。

混雑しており、閉鎖され、窓がない技工所は汚染されやすい」と解釈するべきです。

よって技工所に限らず、「混雑しており、閉鎖され、窓がない診療所も汚染されやすい」と考えられます。

また印象や模型の消毒の重要性を示唆する結果でもあります。

 

  • バイオエアロゾルによる微生物汚染は、(多い順に)術者やアシスタントのマスク、無影灯、スピットン、ユニットテーブルであった49)

バイオエアロゾルの発生源(患者の口腔)に近いほど汚染があることが分かります。

 

SARS-CoV-2について

  • SARS-CoVは高力価で唾液中に検出される74)

診療着や環境表面などから唾液中に含まれる細菌やHBV、HCVが検出された過去の研究結果からも、SARS-CoV-2を含むバイオエアロゾルが同様の汚染を引き起こすことは容易に想像できます。

  • 病院におけるSARS-CoV-2ウイルスの環境汚染を調査した研究では、セルフサービスプリンター(20%)、デスクトップ、キーボード(16.8%)、ドアハンドル(16%)、電話(12.5%)、医療機器(12.5%)の順に汚染が認められた75)

セルフサービスプリンターが何なのかよく分かりませんが、共有物の環境表面が汚染されやすいことが分かります。

WHOは、SARS-CoV-2で汚染された環境表面を触れた手から接触感染が生じる可能性があると言及しています76)

  • SARS-CoV-2に関する温度や湿度などの環境要因の影響は十分に調査されていない
    また、SARS-CoV-2を含むバイオエアロゾルがどのように体内(目、耳、口、鼻)に侵入するのかはよくわかっていない77)
  • 感染様式にかかわらず、SARS-CoV-2の最小感染量はまだ確立されていない
    歯科医療で発生するバイオエアロゾル中のウイルス粒子の量が感染量を超えるかどうかは現在のところ不明である78)

このあたりは十分には分かっていません。

このあたり、”ご意見”を頂戴することもありますが、分かっていないことは分かっていないこととして対応せざるを得ません。

  • SARS-CoV-2に関しては不確実なことが多いため、歯科医院全体にウイルスが拡散するようなことは避けるべきである78)
  • SARS-CoV-2を含む唾液で汚染されたバイオエアロゾルは、歯科診療所の環境表面を汚染する可能性があり、院内感染を引き起こす可能性がある79)
  • 重症急性呼吸器症候群(SARS)の発生時には、現場の医療従事者が SARSコロナウイルス1(SARS-CoV-1)に感染して重症化し、死亡するリスクが大幅に増加していた80)

上記のような現状や懸念、SARSの事例から、安全域を広く取った対応(ガイドライン策定)や考え方をするのも無理はないかと思います。

ここからいかに「引き算」できるかを、医療経済学的に(単にコスト削減ではなく)そろそろ明らかにしていく必要があると個人的には考えています。(→ここが私の研究分野です…)

  • 空気の拡散が主要な感染経路の一つであるとは考えられていない81)

繰り返しになりますが、空気感染はありません。

 

シンガポールのCOVID-19専門病院における環境汚染に関する論文82)

COVID-19患者が入院していた病室の環境表面について調査をした論文です。

少し長くなりますが、要約します。

  • 対象患者は3人、4部屋(一人は途中で別室へ移動した)
  • 陰圧室(1時間に12回の空気交換)の26カ所で環境表面のサンプルを採取した(図)
  • 陰圧室から出た医師のPPEからも表面サンプルを採取した

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図. 陰圧室のサンプル採取場所
  • 患者A・患者Bの部屋は、日常的な掃除・消毒の後に環境表面のサンプリングを行ったところ、全て陰性であった

日常的な清掃・消毒の重要性が示唆されます。

  • 患者Cの部屋は、日常的な清掃・消毒の前に環境表面のサンプリングを行ったところ、
    室内15部位(換気扇を含む)のうち13部位(87%)、
    トイレ5部位(便器、流し台、ドアハンドル)のうち3部位(60%)、
    で陽性の結果が得られた
  • 赤丸は強い陽性結果が出たサンプル
    黄丸は弱い陽性結果が出たサンプル
    青丸は結果が陰性であったサンプル

日常的な清掃・消毒の前には汚染されている可能性がある、と考えるべきであることが分かります。

  • A〜Eの青い四角は、空気サンプルの収集器の位置を示しているが、いずれも空気サンプルの結果は陰性であった
    ただしサンプリングされた空気の量は総量のごく一部に過ぎず、また空気交換により空気中のSARS-CoV-2を希釈していた可能性がある(Limitation)
  • 患者Cの部屋の排気口から採取した綿棒は陽性となり、ウイルスを含んだ小さな飛沫が気流によって飛散し、通気口などの機器に付着している可能性が示唆された

 

Limitationは考慮すべきですが、やはり空気感染は否定的です。

一方で、実験条件が陰圧室であることは考慮すべきですが、前回のブログでも指摘したとおり小さな飛沫が一定時間は空中に残留することを示唆する結果と言えます。

  • SARS-CoV-2 を含むバイオエアロゾルや糞便を介した環境表面の汚染が存在するということは、環境表面が潜在的な感染媒体であることを示唆しており、環境表面と手指の衛生を厳格に守る必要があることを示している

バイオエアロゾルに気を取られるばかりに、基本を疎かにしないように忠告しています。

これはもっともなことだと思います。

基本に忠実に、淡々と行えば良いのです。

日常的な清掃・消毒の後のサンプルが全て陰性であったことからもそれは明らかです。

 

まとめ

発生源から半径2メートルの範囲は汚染されていると考えたほうがよさそうです。

その範囲の清掃・消毒がSARS-CoV-2 に有効であることはOngらの論文82)からも示唆されます。

ただ、必ずしも半径2メートル以内の全ての環境表面を患者ごとに清掃・消毒する必要はありません。術者やアシスタント、患者が触れない部位は定期的な清掃のみで十分です。

したがって半径2メートル以内で清掃・消毒が必要な部分を最小限にしておくことで感染対策を簡略化できます。(引き算)

 

次回はバイオエアロゾルによって汚染された環境表面の清掃・消毒について解説いたします。

www.masaomikono.com

 

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