前回のブログでは、バイオエアロゾルによって汚染された環境表面の清掃・消毒について解説いたしました。
その際にも言及しましたが、汚染される環境表面を最小限にすることで、管理が楽になります。
同時に、バイオエアロゾルの発生を抑制することが重要です。
今回はその話題です。
シリーズ一覧
第1回 エアロゾルとは何か?
第2回 バイオエアロゾルが発生する状況(歯科領域)
第3回 バイオエアロゾルはどれくらいの時間、空中に浮遊するのか
第4回 バイオエアロゾルはどれくらいの範囲を汚染するのか
第5回 バイオエアロゾルによって汚染された環境表面の清掃・消毒第6回 バイオエアロゾルの発生を抑制またはリスクを減らす方法←いまここ
第7回 マスクについて
第8回 換気について
第9回 感染制御の輪
ラバーダム
- ラバーダムにより空気中の微生物が減る91)
- ラバーダムにより、1m以内のバイオエアロゾルを70%減少させることができた92)
- 修復処置では、ラバーダム群のほうがラバーダムなし群よりも細菌汚染が多かったが、統計学的有意差は認められなかった93)
- ラバーダムを使用することで、唾液や血液から発生する汚染物質を減らすことができる94)
発生するバイオエアロゾルそのものの量が減るかどうかは分かりませんが、含まれる唾液の量が少なくなることによる影響であろうかと考えられます。
うがい
- マウスリンスには口腔内の微生物数を減らす効果がある95)
SARS-CoV-2とうがいについて
ポビドンヨード溶液(イソジン)
- 多くの研究でコロナウイルスに対して効果的なウイルス活性を示している
これらは上気道での使用が比較的安全であり、塗布時間は短くてよく、SARS-CoV-2のバイオエアロゾル化および感染リスクを減少させる可能性がある96)
- SARS-CoV-2に関して、口腔と鼻腔の消毒に有用であることが示唆されている97)98)
- SARS-CoV-1に対して有効である99)
全てin vitroの研究です
過酸化水素
- バイオエアロゾルを介したSARS-CoV-2の感染リスクを低減するのに有用であることが示唆されている79)100)
これもvitroです
- HCoV Strain 229Eを1分以内に不活化することが示されている101)
近種の風邪のウイルスです
クロルヘキシジン
- SARS-CoV-2を十分に不活性化しない101)
うがいの限界
- 口腔内はうがいの後にすぐ再汚染される96)
うがいの害
- 風邪の予防に関して、イソジンを用いてうがいをした群、水うがいをした群、うがいしない群で比較した研究102)では、水うがい群は風邪発症率を下げた一方で、イソジン群とうがいしない群では風邪発症率が下がらなかったと報告されています。
- この理由として筆者らは、イソジンが咽頭の常在細菌叢を乱すとした過去の報告103)104)105)や、イソジンにより咽頭の細胞が障害されたとする過去の報告106)107)108)109)を引用しています。
風邪予防目的にイソジンを利用すると、かえって害がある、水で十分だ、としています。
もちろんSARS-CoV-2に対する研究ではありませんので、そのまま適応することは科学的な態度ではありませんから慎重になるべきでしょう。
ただそれは同時に、vitroの結果をすぐさま臨床応用することも科学的な態度としては不適切であることを意味します。
COVID-19患者にうがい薬(特にイソジン)を使ってうがいをさせることで歯科治療中に発生するバイオエアロゾル中のSARS-CoV-2が減少した(する)、という報告はまだありません。
減るかもしれませんが、それと常在細菌叢を乱す、咽頭の細胞の障害というリスクとを比較しなければなりません。
もちろんヨードアレルギーの危険性も無視できません。
ADAガイダンスなどでもCOVID-19対策として歯科処置前のうがいを推奨していますが、アメリカやブラジルのように失敗感染拡大している地域であればベネフィットが上回るかもしれませんが、日本ではどうでしょうね…。
どちらがよりQOLを改善または維持するのか、価値に基づく医療(Value Based Medicine)の観点から評価してみたいものです。
口腔内バキューム
- ハンドピースの近くに正しく配置することは、エアロゾルの低減に有効94)
- 大きな粒子は高い運動エネルギーにより吸引する気流の範囲外に逃げてしまうため効果的に除去できない110)
特殊な吸引装置の研究111)
- イソライト®︎と排唾管の超音波スケーリング中のバイオエアロゾル削減効果を比較する臨床研究では、両者に統計学的有意差はなかった
イソライトHP : https://www.crossf.com/product/IsolitePlus.html
バイオエアロゾル対策としては、この種の製品は排唾管と同等の効果しかないと考えられるため推奨されません。
口腔外バキューム
- 口腔外バキュームは口腔内連鎖球菌による汚染を抑える効果がある112)
- 口腔外バキュームに使用により高い除塵効果が得られた
口腔外バキュームは患者の口腔の真上に位置させると最も除塵効果が得られた113)114)
High-Volume Evacuator (HVE)
HVEという口腔内バキュームより一回り大きい吸引装置に関する研究です。日本ではあまり見かけませんが、参考資料として記載します。
- HVEの使用で術野から発生する90%以上の汚染物質を除去することができる115)116)117)
HVEは通常、開口部が8mm以上、毎分約2800Lの空気を吸引する
- ルートプレーニングや歯周外科、予防処置とクラウンの形成など、ラバーダムが使えない状況では、HVEなどの使用が有効である94)
- ハンドピースの近くに正しく配置されたHVEは、バイオエアロゾル低減に効果的118)
口腔外バキュームとHVEとを比較した研究はありませんので、どちらが優位であるかは分かりません。
大型の空気清浄機?の研究119)
- 窓を締め切った、空調を停止させた状態の歯科診療室内で、IQAirという空気清浄機(写真)を用いたときの、空気中のバイオエアロゾルから培養される微生物を観察した
→ IQAirの使用により有意な減少を認めた
高性能なHEPAフィルターを含む、3つのフィルターが内蔵されている。
一般的な空気清浄機には同等な性能は期待できません120)。
その他
仰臥位で治療すると口呼吸ではなくなるのでバイオエアロゾルの発生抑制になる94)
まとめ
ラバーダムは使用できる時は使用し、口腔外バキュームの使用が望ましいでしょう。
また口腔内バキュームの操作に熟練することも重要です。
うがいは…どうでしょうね。
次回はマスクについて解説いたします。
あと3回で、このエアロゾルシリーズは(たぶん)終わります。
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120. REHVA COVID-19 guidance document, April 3, 2020