歯科医師・博士(感染制御学)

感染制御学の博士号を持つ歯科医師です。新型コロナウイルスを含む、感染対策について発信するブログです。

感染制御の輪 エアロゾルシリーズ⑨

前回は換気について解説いたしました。

 

今回は本シリーズのまとめ、感染制御の輪について解説いたします。

 

以下に引用する文献は、主に呼吸器感染症(COVID-19を含む)のバイオエアロゾルに関するものですが、その中でバイオエアロゾル以外の感染制御策の重要性についても述べているものを選んで記載いたします。

 

つまりバイオエアロゾルの問題は大切ではあるものの、感染制御の一部に過ぎないのだ、という指摘が多くなされていることを解説したいと思います。

 

シリーズ一覧

第1回 エアロゾルとは何か?

 

第2回 バイオエアロゾルが発生する状況(歯科領域)

 

第3回 バイオエアロゾルはどれくらいの時間、空中に浮遊するのか

 

第4回 バイオエアロゾルはどれくらいの範囲を汚染するのか

 

第5回 バイオエアロゾルによって汚染された環境表面の清掃・消毒 

 

第6回 バイオエアロゾルの発生を抑制またはリスクを減らす方法

 

第7回 マスクについて

 

第8回 換気について

 

第9回 感染制御の輪 ←いまここ

 

手指衛生の重要性

  • 手洗いの不足により、医療従事者のインフルエンザに対する感染リスクが増加する可能性がある139)
  • (WHOが手指衛生を推奨する根拠としている)7件の研究により、手指衛生が感染予防に影響を与えることが示されている140)

手指衛生は感染制御の根幹をなすものです。

 

  • 学生に対する研究では、1時間に平均23回、顔を触っていた141)
    そのうち56%が皮膚、36%が唇、31%が鼻、31%が目であった

知らず知らずのうちに顔を触っているものです。

このとき「顔を触らないようにする」のではなく、「手指衛生をすべきタイミングを逃さず手指衛生を行う」ようにしましょう。

 

SARS-CoV-2と手指衛生

  • 手指衛生が呼吸器疾患を減らすことができるという報告はあるが、SARS-CoV-2の感染を減らすことができることはまだ証明されていない142)

 

PPEの重要性

SARSに関連したもの

  • 不十分な身体的距離とPPEの不適切な使用が院内感染の一因となった可能性がある143)
  • PPEの適切な使用が、感染リスク低下と関連していた144)

PPEは重要ですが、単につけることが大事ではなく、適切なタイミングで正しく装着し、適切なタイミングで正しく離脱することが重要です。 

 

PPEの限界

  • マスクの使用はリスクを大幅に軽減するが、リスクを完全に排除するものではない78)

 

 

教育、訓練の重要性

  • 訓練プログラムの実施がSARSの感染リスクの低下と関連していた144)

 

  • 歯科医院では、認定トレーニングを受けていない歯科助手を雇うことがある
    訓練を受けていないスタッフは、感染制御策の実践が不十分になる可能性がある
    歯科助手を教育・訓練することは、すべての歯科医の責任である94)

歯科助手だけが感染制御策の実施が不十分である、ということではありませんが、専門教育を受けていないことは事実でしょう。

感染対策のキモは「人」です。

全スタッフがどれだけ知識・意識を持っているかが重要です。

 

  • スタッフの疲労による感染制御策の破綻リスクを考え、PPEの使用を含む感染制御対策を厳しく適用し、SARSの伝播を防止した145) 

 

感染制御の輪

閉じた感染制御の輪

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”閉じた”感染制御の輪

感染制御は図のように、一連の対策が輪のようにつながって機能します。

歯科領域で感染対策と言えば、よく「消毒・滅菌」が取り上げられますが、あくまで感染制御の輪を形成する一つの要素でしかありません(大切であることには変わりがありませんが)。

全ての輪の要素を、一定水準以上に保つことが重要です。

 

切れた感染制御の輪

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”切れた”感染制御の輪

どこか一つ輪が途切れると、目に見えない微生物はたやすく輪の中に侵入し、患者や医療従事者に危害を加えることになり得ます。

特定の要素だけに注力するのではなく、満遍なく全ての要素を満たす必要があるのです。

 

また、ハードとソフトという観点から感染制御の輪を見てみてください。

すると、“ソフトの重要さ”がお分かりになるかと思います。

 

今回のCOVID-19の各国の対応を見てお分かりの通り、最後は「人」が重要になってきます。

いくら検査体制が整っていようが、舵取りを誤り、感染を制御できなかった国もありました。

逆に検査体制が十分でなくとも、舵取りがよく、感染をある程度制御することができた国もありました。

 

院内感染も同様に、(リスクゼロにはなりませんが ←重要!)この輪をなるべく切らさないようにする、という「人」の意識が感染制御のキモです。

 

永寿総合病院も「感染拡大の他の要因として、職員によるマスク着用や手指衛生の徹底と知った基本的な感染予防策が不十分だったこと」と院長が発言しています。


永寿総合病院を叩くような報道には反吐が出ますが、感染制御の輪が色々なところで切れてしまっていたことは他山の石とすべきでしょう。

医療の発展は、名もなき患者さんたちの犠牲の上に成り立っています。

「反吐が出る報道」についてはこちら(サブブログ) ↓

 

もちろんハードで解決できる部分は金銭で解決してしまえばいいと思います。

機械は一定の水準の仕事を、文句も言わずに、黙ってこなしてくれますからね。

 

ケアバンドル手法

感染制御の水準を高める、あるいは維持するために提唱されたコンセプトです(2004, D. Berwick.)。

感染制御の水準は個々の臨床スタッフの能力や知識、やる気、疲労度に大きく依存するため、実施すべき項目を明示し、医院全体で一定水準以上のレベルを維持することが必要になります。

 

とあるケアバンドルの一例をお示しします。

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ケアバンドルの一例

 

各実施すべき項目を見ると、項目4の実施率が60%とまずます、項目3と5は100%と良好のように見えます。

スタッフBとEは全ての項目を実施しておりますが、スタッフDは60%とやや不安の残る結果です。

しかしこの例では、医院全体での達成率は60%ではなく、40%と評価されます。

 

一人でも水準を下げてしまうスタッフがいたり、もしくは一つの要素への対応が不十分である場合、その医院全体の感染制御の水準はその水準まで低下してしまいます。

 

したがって、事務スタッフを含め、医院スタッフ全員に教育・訓練を実施し一定水準以上の能力や知識を共有すること、そしてそれを着実に実施することが重要です。

 

  

ミニテスト

感染制御に関するミニテストを用意しました。

個人情報は私には届きません。お気軽に回答してみてください。 

(回答後、大きな空白が出る場合がありますが、その下に続きがあります。)

 

 

まとめ

今回のCOVID-19について、歯科領域ではどうしてもバイオエアロゾルに注目が行きがちですが、基本的なことをたんたんと、着実に行うことが重要です。

“感染制御の輪”をスタッフ全員で共有し、患者さんの不安を解消し、期待に応える体制を作りましょう。

「自院・自施設の感染対策を強化したい・チェックしてもらいたい」、「スタッフ教育・訓練を実施したい」、「メール等で相談に乗ってもらいたい」とお考えの方がいらっしゃいましたらお手伝いいたします。お気軽にお問い合わせください。

連絡先:masaomikono*gmail.com( * を @ に変えてください)

 

お知らせ①

日本在宅医療連合学会の新型コロナWGメンバーであり、日本老年歯科医学会学術委員でいらっしゃる猪原健先生にお声掛けいただき、日本在宅医療連合学会の「在宅医療における新型コロナウイルス感染拡大への対応について Q&A 第2版」の歯科部分の作成を少しだけお手伝いさせていただきました。

こちらでもご紹介いたします。

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リンクはこちら ↓

https://www.jahcm.org/assets/images/pdf/20200629_covid19_01_v2.1.pdf

 

これを叩き台に、ますます充実したものとなってくれれば嬉しく思います。

猪原先生、貴重な機会を与えていただきありがとうございました。

 

お知らせ②

サブブログを開設いたしました。

報道に対する批評(感想、批判、愚痴など)や、昨今問題になっているトンデモ商品に対する情報など、個人的な意見も加味した記事を配信する予定です。

よろしければご覧ください。

本ブログでは継続して文献ベースの情報や、公共性が高いと判断できる情報を発信して参ります。

masaomikono-sub1.hateblo.jp

 

参考文献

78.  C.M.C Volgenant. Oral Diseases, 2020; 00: 1–10.  doi: 10.1111/ODI.13408

94.  N. Raghunath. BMRJ, 2016; 14: 1-8.

139. Carlson AL. Curr Opin Infect Dis, 2010; 23: 293-299.

140. WHO. 2014.
http://apps.who.int/iris/ bitstream/10665/112656/1/9789241507134_eng.pdf?ua=1

141. Kwok YLA. Am J Infect Control, 2015; 43:112-114.

142. Yang C . Graefe’s Arch Clin Exp Ophthalmol, 2020; 258:1133-1134.

143. Gamage B. Am J Infect Control, 2005; 33: 114-121.

144. Moore D. Am J Infect Control, 2005; 33: 88-96.

145. Seto WH. SARS Clinical management Workshop. 2003.