歯科医師・博士(感染制御学)

感染制御学の博士号を持つ歯科医師です。新型コロナウイルスを含む、感染対策について発信するブログです。

うがいは歯科治療中の新型コロナウイルスの感染を予防するか?

Natureに転載されている Evidence Based Dentistryという雑誌に、以下のようなレビュー論文が掲載されました。

 

Can oral rinses play a role in preventing transmission of Covid-19 infection?

(マウスリンスはCOVID-19の伝播を予防することができるか?)

www.nature.com

 

ADAのガイダンスや他の国の勧告でも、処置前のマウスリンスを推奨するものが多くありました。

 

どこまで科学的根拠があり、妥当性のあるものなのでしょうか。

内容を確認しましょう。

 

マウスリンス剤について

エッセンシャルオイルを含むマウスウォッシュ剤

エタノールを含むため、コロナウイルス属の脂質エンベロープを破壊することができる。

エッセンシャルオイルを含むマウスウォッシュ剤は、in vitroとin vivoの両方で、エンベロープをもつウイルスを不活化する。

SARS-CoV-2を用いた研究は行われていない。

 

このエッセンシャルオイルに関しては引用文献が記載されておらず、この論文に対する批判的吟味ができませんでした。

 

ただエアロゾル中の細菌数(ウイルスではなく)が減ったとする報告は数点あり、systematic reviewでもバイアスリスクも低く、有意であったとされています。

https://jada.ada.org/article/S0002-8177(19)30452-0/fulltext

 

エッセンシャルオイルを含むマウスウォッシュ剤によるマウスリンスによって、ウイルス性感染症の発症率が下がったとする臨床での報告はありません。

 

クロルヘキシジン

in vitroでは、0.12%のクロルヘキシジンは、エンベロープを持つウイルス濃度を低下させた。

0.02% のクロルヘキシジンは、SARS-CoV-2 を十分には不活化しない。

 

ポビドンヨード

in vitro研究や臨床研究では、0.23%のポビドンヨードはSARS-CoV-1やMERS-CoV、インフルエンザウイルスを不活化することが示されている。

SARS-CoV-2 に関する文献は引用されていません。

日本では厚生労働省が上気道感染症予防のためにポビドンヨード洗口液で毎日うがいをするように推奨している。

そんな推奨ありました?

その根拠とされる文章はこちらですが、ポビドンヨードに関する記載は見つけられませんでしたよ...。

https://www.mhlw.go.jp/english/topics/influenza/dl/pandemic02.pdf

 

過酸化水素

0.5%の過酸化水素は、HCoV 229E(風邪のウイルス)を不活性化する。

濃度が高いと口腔内組織にダメージを与えるが、低濃度では唾液中のカタラーゼによって急速に不活性化される。

SARS-CoV-2 での研究は存在しません。

 

小括

エッセンシャルオイルを含むマウスリンス剤は、潜在的な役割を果たすことが示唆される。

クロルヘキシジンはウイルスの低減には有効ではないようである。

ポビドンヨードや過酸化水素の効果を示唆する文献もあるが、臨床試験ではほとんど検証されていない。

 

マウスリンス剤の役割に関する研究は数が少ない。

マウスリンスによるSARS-CoV-2 感染予防の可能性が示されてはいるものの、in vitro研究や、他のウイルスなどの知見から外挿であったり、エビデンスの質が低いものが多い。

さらなる研究が必要である。

 

私は正直申し上げて、マウスリンスを積極的に推奨するほどの科学的根拠があるとは思っていません。

著者らも、可能性があることは認めつつ、こう述べています。

 

レビューに採用した文献には論理的な科学的根拠があるにもかかわらず、臨床の現場に取り入れることに高い自信を持つことができない。

 

少しでも可能性があるなら行うべき?

「少しでも感染リスク(曝露リスク)を減らすことができるならやるべきだ」とお考えになる方もいらっしゃることでしょう。

 

ただ、以前もご紹介しましたが、マウスリンスが仇となる可能性もあります。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

日本で行われたRCTです。

風邪の予防に関して、ポビドンヨードを用いてうがいをした群、水うがいをした群、うがいしない群で比較したところ、水うがい群は風邪発症率を下げた一方で、ポビドンヨード群とうがいしない群では風邪発症率が下がらなかった。

この理由として筆者らは、ポビドンヨードが咽頭の常在細菌叢を乱すとした過去の報告や、ポビドンヨードにより咽頭の細胞が障害されたとする過去の報告を引用している。

風邪予防目的にポビドンヨードを利用すると、効果がないばかりか害がある、水で行うべきだ、という結論となっています。

 

同じコロナウイルス属に対する研究ですが、もちろんSARS-CoV-2に対する研究ではありませんので、そのまま適応することは科学的な態度ではありませんから慎重になるべきです。

このことは同時に、マウスリンス剤もSRAS-CoV-2 に対する研究が行われていないにもかかわらず、すぐさま臨床応用することも科学的な態度としては不適切である、ということを意味します。

 

COVID-19患者にうがい薬(特にイソジン)を使ってうがいをさせることで歯科治療中に発生するバイオエアロゾル中のSARS-CoV-2が減少した(する)、という報告はまだありません。

減少するかもしれませんが、それと常在細菌叢を乱す、咽頭の細胞の障害というリスクとを比較しなければなりません。

 

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リスクとベネフィットを比較する必要がある

 

現在の日本では、歯科医院を受診する患者にそれほど感染者がいるとは思えません。

そのわずかな確率に対して患者全員にマウスリンスを行わせることは、果たして合理的なのでしょうか?

そこに時間を使うよりも、もっと効果的な対策(手指衛生、換気、環境表面の消毒)に時間を使うほうが良いかもしれません。

 

マウスリンスには効果があるのか不確実であり、患者に害を加える可能性があることを念頭に置いた上で、適切に判断するようになさっていただければと思います。