河野雅臣 歯科医師・博士(感染制御学)

感染制御学の博士号を持つ歯科医師です。新型コロナウイルスを含む、感染対策について発信するブログです。

四則計算が出来ればわかる!歯科医院で新型コロナPCR検査がダメな理由

 

8月12日にこのようなニュースが報じられました。

yahoo!ニュースにも転載されたため、ご記憶の方もいらっしゃるかと思います。

 

kumanichi.com

 

記事によると、

発熱などの症状がなく、公的機関の新型コロナウイルス感染症の検査対象とならない人向けに、全額自己負担で唾液を使ったPCR検査を始めた。

不安払拭感染拡大防止のために検査体制を整えた。

整備に総額約1千万円を費やした。

 

なぜ誰も止めてあげなかったのでしょうか??

 

計算をすれば分かる!

法的な問題も指摘されていますが、それはその範囲の専門家に譲りましょう。

本ブログではあくまで科学的に考えてみましょう。

 

四則計算が出来れば分かる?

四則計算とは足し算、引き算、掛け算、割り算のことです。

それさえ分かれば、検査に関する数字のことが分かるように解説をしてみます!

 

...と、偉そうなこと言ってみましたが、もともと四則計算しか使いません笑

 

用語と表の確認

例によって用語の確認をしましょう。

このブログで説明に使う表と一緒に紹介します。

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真陽性:検査陽性で、コロナに感染している人のこと

偽陽性:検査陽性で、コロナに感染していない人のこと

偽陰性:検査陰性で、コロナに感染している人のこと

真陰性:検査陰性で、コロナに感染していない人のこと

 

計算の前にもう少し

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真陽性を a 、偽陽性を b 、偽陰性を c 、真陰性を d とします。

すると以下のようになります。

実際のコロナ患者数 = a+c

健常者 = b+d

検査陽性者数 = a+b (”感染者数”として報道される数字はこれ)

検査陰性者数 = c+d

総患者数 = a+b+c+d

 

また陽性的中率、陰性的中率という数値も重要です。

陽性的中率:検査陽性者のうちの真陽性の割合  = a/(a+b)

陰性的中率:検査陰性者のうちの真陰性の割合  = d/(c+d)

通常100をかけてパーセント表示します。

ともに高ければ高いほど、検査の”精度”が良いとされます

これを表の右側に記入します(ここからは私独自の表の作り方です)。

 

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次に左上に有病率、右上にPCR検査の感度・特異度を記入します。

有病率とは検査前の総患者数に対するコロナ患者数の割合です。実際には神のみぞ知る数字です。

感度とは、病気がある人を正しく陽性と判定できる確率のことです。

特異度とは、病気ではない人を正しく陰性と判定できる確率のことです。

コロナのPCR検査では、感度70%、特異度99.9%がよく使われる数字なのでこれを使います。

 

実際に計算してみよう

さて準備はできましたので、実際に計算してみましょう。

順に解説します。

 

有病率と総患者数を仮定

はじめは分かりやすくするため、有病率を1%、総患者数を100万人とします。

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1%、1,000,000 と記入します。

 

コロナ患者数、健常者数を記入

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100万人の1%がコロナ患者なので 10,000人。

残りの990,000人が健常者です。

 

感度の出番

感度70%ということは、コロナ患者10,000人の70%、7,000人を正しく陽性と判定する、ということです。残りの3,000人は陰性と判定してしまいます。

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特異度の出番

特異度99.9%ということは、健常者990,000人の99.9%、989,010人は陰性と判定する、ということです。残りの990人は陽性と判定してしまいます。

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陽性的中率、陰性的中率を計算する

まず検査陽性者数、検査陰性者数を記入します。

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そして計算式に則って計算をすると、以下の表が完成します。

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有病率1%、感度70%、特異度99.9%の場合、陽性的中率87.6%、陰性的中率99.7%となります。

以上が計算方法です。簡単でしょ?

 

有病率が変わるとどうなるか?

厚生労働省の発表によると、8月19日0:00時点で、1日あたり 21,130 件の PCR 検査を行い、904 人の陽性者が確認されたとしています。

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国内の発生状況など|厚生労働省

 

このデータから、ざっくりですが、有病率を5%として計算してみましょう。

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このように有病率が上がると、陽性的中率が上昇します。

 

また、厚労省のデータによると、入院治療等を要するものの数は12,804人(空港検疫を除く)とされています。これはわが国の人口に占める割合として考えると 0.01% です。

実際には無症状や軽症等で診断されていない患者もいるので(ダイヤモンドプリンセス号では無症状者がおよそ44%と報告されている)、ちょっと多めに見積もって、その倍の 0.1% を、現在の一般住民の有病率として設定してみましょう。

これまでの計算方法に倣い、以下の表を完成させてみてください。

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使うのは紙とえんぴつ、四則計算のみです。

 

 

 

 

さて...

 

 

 

 

 

そろそろ...

 

 

 

 

 

では答え合わせをしましょう。

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はい、陽性的中率は 41.2% となりました。

このように有病率が下がれば、陽性的中率は下がります。

 

有病率を 0.1% と仮定した一般住民に PCR検査 を行うと、半分以上外れるのです。

実際の有病率は「神のみぞ知る」わけですが、実際には 0.1% より低いように思いますから、もっと陽性的中率は下がるでしょうね。

 

計算結果のまとめ

ではこれまで計算した偽陽性者数、偽陰性者数、陽性的中率、陰性的中率を表にまとめてみましょう。

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ご覧の通り、陽性的中率を上げて、真に患者であるかどうかを診断するためには、有病率が高い状態でなければならないことが分かります。

検査学では有病率のことを”事前確率”と言い(cf.ベイズ理論)、実際の臨床では身体診察によって症状等から患者をスクリーニングして事前確率を上げることにより、陽性的中率を上げるようにしています(ここが臨床家の腕の見せどころです)。

 

一方で事前確率が低い状態で検査をすると陽性的中率が下がり、偽陽性が増えることになります。

偽陽性と診断された患者には医療リソースが割かれ、結果的に医療機関が崩壊する恐れがあります。これをやってしまったのがニューヨークです。

(指定感染症からはずせ、PCR検査を拡大・自由化しろ、と言っている人は、指定感染症から外すことで偽陽性となっても医療リソースが割かれないように画策しているのかもしれません。まあそんなに頭がいいとは思えませんが。

 

以上が「疑わしい人に検査をする」根拠であり、「不安を解消するための検査はしない」根拠です。

ちなみに事前確率を上げると陰性的中率は低下します。

そもそも検査とはこういうものであり、こうした検査の特性を考えながら診断を下すのが医師の務めですね。

 

一般歯科診療所に通院する患者の事前確率は?

では一般歯科診療所では、果たして事前確率はどの程度でしょうか?

おそらく高くても先に示した 0.1% 程度、発熱等でスクリーニング(受診制限)をしていればさらに事前確率は下がります。

身体診察ができない(=事前確率を上げることができない)歯科医師が、スクリーニングによって事前確率が一般住民よりも低いであろう患者群に PCR 検査をして、一体何が分かると言うのでしょう?

 

...ちなみに私には何にも分かりません。

ただどうやら分かる方もいらっしゃるようで(cf. 抗体検査)、己の無能さが嫌になりますわ。

 

感度が変わるとどうなる?

これまでの計算は、PCR検査の感度を 70% と仮定した場合のものです。

しかし、感染した患者の発症前日より前(≒一般歯科診療所を受診するとき)の感度は 0%、発症直前でさえ 33% であった、とする報告があります。

www.acpjournals.org

 

では感度 0% であった場合、33% であった場合はどうなるのか、計算してみましょう。

 

まずは33%。

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次に0%。

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どうですか?

一般歯科診療所で PCR 検査対象になるのは症状のない患者、つまり事前確率の低い患者でしょう。

症状があるなら受診を控えてほしい、とアナウンスしているわけですからね。

 

少なくとも冒頭でお示しした熊本の先生は「症状のない人」を対象としてます。

 

とすると、感度は0%。検査をすると以下のような結果と説明になるのでしょうか。

(ここから先は私の妄想です、誰かのことを揶揄しているわけではありませんから悪しからず!)

陽性の場合

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陰性の場合

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要するに

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とまあ、こんな感じになるんじゃないでしょうか、分かりませんけど。

とにかく、歯科医院で PCR 検査を行うのは意味がありません

そしてこんな検査受けても、不安の解消になりませんし、感染拡大防止にも役立ちません

 

このあたりは感度や特異度、事前確率の仮定が変われば結果に若干の変化はあります。

自説に有利に進めようと思えばいくらでも数字をいじることができます。

ただ発症前であれば PCR検査の感度が低いことは明らかであり、一般歯科診療所で PCR 検査をする意味がない、という結論にはほとんど影響しません。

 

感染爆発し、事前確率がすごい上がったら意味が出てくるかもしれません。

しかしその時には歯科医院は閉めているから関係ないでしょう。

それに、検査しても治療薬がないので家で寝ているしかありません(2020.08.20.)。

 

想定問答集

「陽性が出たら受診を中断して、保健所へ連絡して PCR 検査をしてもらうんだ!」というご意見もあるかもしれません。

 

(え?もう PCR 検査したんじゃなかったっけ?という野暮なツッコミはしないでおきます。)

 

疑わしい症状がなければ、または疑わしい状況がなければ(=濃厚接触者でなければ)PCR 検査の対象ではないので断られます。

 

たしか、某柔らか銀行のマゴ会長も twitter でそんなことを言っていたそうですね。。。

 

断られた理由は、検査余力がないから、ではありません。

四則計算ができるみなさんなら、もうお分かりですね。

 

検 査 す る 意 味 が な い か ら です。

 

このブログをお読みになった先生方におかれましては、歯科従来の PCR 検査だけにしておきましょう。

 

おまけ

熊本の先生が投資した1千万円が回収できるかどうかは、地域住民の科学リテラシーによる、と言ったところでしょうか。

地域住民の皆さんが、このブログを見ないことを祈っています(棒)。

 

*(棒):棒読み、の意。全く気持ちが入っていない様子を示すネットスラング。