先日、イ◯ン系のスーパーマーケットに行った際、レジ係の方がグローブを装着していました。私の前のお客さんに対して使用したグローブを交換する様子もなく、私の接客をしてくださいました。
素手でよくね??
というより素手のほうがよくね??
こうした光景は何も最近になって始まったことではありませんね。
COVID-19 の流行が始まった3〜4月頃なら「うーん...仕方ないなぁ」で済ませていましたが、9月になってもこうした基本的な知識がブラッシュアップされていないことには不安を覚えます。
もちろん私の接客をしてくれたレジ係の方を責めているわけではありません。
中にはグローブをしていないことに対してクレームを入れる方もいらっしゃる、との話も聞きますから、企業側の防御策として採用しているのでしょう。
こちらの記事にもあるように、こうした ”かりそめの安心” の例は他にも多くあります。
こうした問題はもはや、社会全体へのアプローチが必要な、リスクコミュニケーションの問題だと認識しています。
PPE の供給は、電気・ガス・水道と同じ社会インフラである
ここで、とある論文をご紹介いたします。
7月30日に感染制御系ではトップジャーナルのひとつである Journal of Hospital Infection に発表された「歯科医療とマスク」に関する論文です。
I.F. Persoon, et al. A review of respiratory protection measures recommended in Europe for dental procedures during the COVID-19 pandemic. J Hosp Infect, 2020: 106; 330-331.
論文概要
ヨーロッパ各国の歯科保健機関や職能団体が発表したガイドライン等のうち、マスクに関する推奨事項について抜粋し、まとめた論文です。
おもな主張として以下の2点を強調しています。
- マスクに関する推奨事項に一貫性がなく、混乱の原因になっている
- 今後、この分野の研究の充実が必要である
これはその通りだと思います。
ただ、論文では言及されていませんでしたが、それとは別の問題も指摘しなければならない、と考えました。
それについて細目を引いて、解説してみたいと思います。
論文の細目
歯科ではエアロゾルや飛沫を発生させる処置が多く、エアロゾル化した呼吸器分泌物と歯科医療従事者の距離が非常に近い(0.5 m未満)ため、特に課題となっている。
詳細はこちらを参照してください↓
COVID-19 のパンデミックにより、医療従事者が PPE を十分に利用することが難しい状態にある。
いまだに安定していません。日本だけではないようです。
一部の国では、PPE の不足により、以前は単一患者使用とみなされていた PPE の「セッション使用」が必要となった。
セッション使用とは、例えば午前中の外来診療を通して、単一のマスクやアイプロテクションを使用し続けることを言います。
これはイレギュラーな使用方法であると述べています。
したがって、各ガイドラインのマスクに関する推奨内容は、医療従事者の防護の最大化のためだけでなく、その国や地域で、PPE の供給量や、PPE の配分の優先順位を含む、”現実的なもの”になっている。
PPE は医療従事者と患者双方を守る重要なものですが、十分な供給量がない現実とバランスを取りながら落とし所を見つけることに、各国も腐心しているようです。
今の PPE の使い方は望ましいものではなく、あくまで暫定的なものです。
ただ、理想的な PPE の使い方は、理想的な供給量があることが大前提です。
それは、現実的な PPE の使い方は暫定的なものである、とした各国のガイドラインにも現れています。
参考資料↓
しかし、いつまでたっても暫定的な取り扱いしか出来ないような供給状態であることもまた、事実です。
withコロナ時代における”インフラとしての医療”を支える PPE の安定供給は、電気・ガス・水道と同じように取り組むべき、政治課題と言えるのではないでしょうか。
感染予防は、患者の安全性、医療に関連する法的な問題、労働者の衛生、資源が十分に利用できること、実用性、コストなど、相反する多様な利益を俯瞰してリスク評価することが課題となることがある。
現在のような PPE の確保に多大なコスト(経済的にも人的にも)がかかる現実は、患者を含めた関係者の利益を最大化する”足かせ”であることは明らかです。
また、コスト削減のためにどこまで“引き算”できるのか、は現場レベル(歯科医院レベル)で独自のルールを設けるのではなく、研究(俯瞰)によって明らかにしてルール化すべきですが、その環境・支援も十分とは言えません。
感染リスクは歯科医療の中に常に存在しているが、現在は(PPE の不足により)感染リスクが高まっている。
PPE を適切に使用した場合と比較すれば、PPE の不足により患者・医療者双方の感染リスクが高まっていることは確かです。
PPE の安定供給を要求すべし
最近、マスクの供給は一時期よりは回復してきましたが、医療機関で求められる BFE, PFE ≧ 98% のものの供給は不安定なままです。
また、最近はグローブの供給がかなり滞っています。(イ◯ンだけのせいではないと思いますが...)
安定した歯科医療の提供のためには、安定した PPE の供給が不可欠です。
これをもっとアピールしてほしいと思います。
ところが...
「歯科医院のプロケアがコロナから身を守る一番の方法」なのでしょうか?
「手洗い、マスク、3密回避」の有効性を上回る、という根拠となるような論文があるのでしょうか?
あるのなら教えていただきたいです。
また、「口腔ケアが COVID-19 の重症化を防ぐ」についてもまだ仮説の段階に過ぎないはずです。仮説の検証、すなわち研究(俯瞰)が必要な段階です。
今後そうした明るい研究報告があることを期待してはいますが、あくまで現時点では決定的なことは言えないはずです。
様々なところで、断定的であったり、「可能性が高い*1」等の表現が使われており、勇み足ではないかと危惧しています。
こうしたアクロバティックな訴えではなく、地に足の付いた発信をお願いしたいと思います。
例えば...
「(レジなど)こういった場面ではグローブは必要ない。医療現場ではグローブが不足しており、患者・医療者双方が危険にさらされている。医療現場に十分なグローブを届けるために、必要な場面に限定してほしい。」
「マスクの供給は安定しつつあるように見える。しかし医療水準のマスクはまだ不足しており、政府は企業に安定供給に向けたさらなる協力と支援をするべきである。」
...など。
一部報道のせいで誤解が生じ、受診を控えている患者がいることは承知しています。
まとめ
歯科医師会やその関連団体は、これまでの実績からある程度、国民の信頼を得ていると思います。
その歯科医師会等から「歯科医療の安定供給には PPE の安定供給が必要不可欠である」という声明が発表された場合、国民への訴求効果は高いことは容易に想像できます。
社会における無駄な感染対策や PPE の浪費を指摘し、歯科医療の安定供給への協力を、国民に呼びかけてはいかがでしょうか。
無理に歯科とコロナと関連づける必要はないと思います。
歯科医療って、そうしなければいけないほど価値が低いものではないでしょう?
お断り
PPE の供給の実情について精査が必要でしたが、個人ではどうにもなりませんでした。
この点はご容赦ください。
備考:論文のレビューの結果
COVID-19 流行のピーク時における、ヨーロッパ各国の歯科処置中の呼吸器保護対策に焦点を当ててレビューを実施した。
どんな場面で、どんなマスクが推奨されているか、に限定したレビューを行ったそうです。
ヨーロッパの歯科医師会のウェブサイトにおいて、SARS-CoV-2 および PPE に関するガイダンスやプロトコルに関する情報をスクリーニングしました。
英語またはオランダ語以外の言語で書かれた文書は、Google 翻訳を用いて英語に翻訳した。
データを取得した後、結果を欧州内の歯科・口腔微生物学の専門家に提示して検証を行った。
呼吸器保護の手段は 3 つのカテゴリに分けた。
サージカルマスク、FFP2(N95)、FFP3(N99)マスクである。
レビューの結果がこちら。
これほど一貫性のないガイドラインが発表されていることは驚きに値します。
これは、各国の歯科医療行政や職能団体に問題があるわけではありません。
それほどこの問題は、過去のエビデンスの蓄積が乏しいのです。
無症状病原体保有者や発症前患者からの感染の可能性は、特にエアロゾル発生手技が必要な場合には、多くの国のガイドラインで懸念事項とされていた。
N95・N99マスクはサージカルマスクと比較して格段に効果的なフィルタリング機能があり、フィットする。
研究では、N95マスクを使用した場合の微粒子の漏れ率は 9 %であったのに対し、サージカルマスクの漏れ率は 22~35% であった。
しかし、これらのマスクによる感染防止効果は、適切な装着と使用に大きく依存している。
エアロゾル発生手技中のマスクの臨床的有効性については議論の余地がある。
ヨーロッパ24ヶ国におけるマスクの推奨事項はかなり異なっている。
このことは、歯科治療中のウイルス感染に関するエビデンス構築の必要性を浮き彫りにしている。
研究の必要性を強調しています。
*1:「可能性がある」という表現も微妙です。たとえ、質の高いランダム化比較試験が行われて統計学的に有意差がなかったとしても、それは帰無仮説が棄却されなかっただけで、いつまでも”可能性”は存在しますからね...。逆もまた、統計学的に有意差があったとしても、その差が臨床上意味のある差であるかどうかは検討が必要です(それは研究実施前に設定するんですけど、その設定が妥当であるかどうかの検討が必要、という意味です)。こうした前提が分かっている専門家同士なら良いのですが、一般国民向けのアナウンスとしては諸刃の剣になり兼ねません。