歯科医師・博士(感染制御学)

感染制御学の博士号を持つ歯科医師です。新型コロナウイルスを含む、感染対策について発信するブログです。

歯科医院での定期 PCR 検査 費用対効果はいかに?

昨今、歯科医院のスタッフ向けに PCR 検査を行う業者が増えているようです。

賢明な皆さんはよもや導入していることはないと思いますが、念のため注意喚起をしておこうと思います。

 

実際の検査業者のプレスリリースが発表されていました。

じっくりと見てみましょう。

 

検査業者のプレスリリースと問題点

むしろ患者さんは不安になるのでは? 

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唾液を用いた PCR 検査のようです。

「院内掲示できる検査証明書」とありますね。

陰性証明とは書いてありませんが、PCR 検査では「陰性証明」など出来ないことを知っている賢明な患者さんも多いです。

一体何を証明する証明書なのか分かりませんが、「え!? この歯科医院は何のために PCR 検査しているの!?」と、むしろ不安になる患者さんもいらっしゃるかもしれません。

(証明書に関する詳細は後ほど出てきます。)

 

定期検査?

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2 回以上の検査を実施している歯科医院には、PCR の定期検査を実施している旨を証明・掲示できる額縁入りの証書を発行」とありますね。

「PCR の定期検査」なんて初めて聞いたのですが、どのくらいの頻度で検査をすることを定期検査と想定しているのでしょうか?

 

検査して真陰性だったとしても、検査直後から感染する可能性はありますから、陰性を証明するには検査頻度を極限まで短くするしかありません(下図参照)。

 

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仮に極限まで短くしたとして(他にも問題はありますが)、費用に見合うだけの効果が得られるでしょうか?

 

この喩えは適切でないことは承知した上で申し上げますが、この定期検査というやり方は「月に 1 回の性病検査をしているから安心して来てください!」と言っている風◯店と同じです。

当の風◯店側も、これで安心できる訳ではないと知っていますよね。

 

 

「PCR の定期検査で、スタッフが安心して働ける環境づくりができる」とありますね。

PCR 検査で安心して働ける環境?

逆に不安ですね。

 

安心は油断を生むものです。

そして「感染対策における安心感」とは厄介なもので、本当に必要な感染対策が疎かになってしまう危険性を孕んでいます。

本当に必要なものは「科学的に確かな感染対策」から得られる「安全」です。

 

PCR 検査で安心して働ける環境ではなく、確かな感染対策で安全な職場、を目指しましょう。

スタッフもそれを望んでいるのではないですか?

安全があって初めて安心できるでしょう(もちろんそれでも安心せず油断せず、たんたんと感染対策を遂行する必要があります) 。

 

特異度 100% !? 

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「TMA 法の最大の特長は、検査の特異度(陰性と正しく判定される確率)100% で、偽陽性がないことです。検査の結果「確実に陰性」という安心感を、スタッフにも患者さんにも伝えることができます」とあります。

 

感度、特異度などの検査医学についてはこちらをご参照ください ↓

 

TMA 法とは Transcription Mediated Amplification という遺伝子増幅法です。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

TMA 法の特異度が本当に 100% なのか、PubMed で「( ("transcription mediated amplification") OR (TMA) ) AND ( (SARS-CoV-2) OR (COVID-19) )」という検索式を用いて論文を検索しました。

 

17 本の論文が該当し、そのうち5 本の論文が TMA 法について言及していました。

さらにそのうち 3 本が PCR 法 と TMA 法における検査感度・特異度を評価していました。

今回はこれら 3 本の論文の詳細について検討しました。

 

RT-PCR との比較では、陰性一致率は 98.7% であり、偽陽性がありうる

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

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RT-PCR で陰性と診断された 76 例のうち 1 例が TMA 法で陽性と判定されている。

RT-PCR の結果を信頼するのであれば、TMA 法は偽陽性が 1 例出たことになり、特異度が 100% であるという主張が揺らぐことになる。

陰性一致率は 98.7% (95% CI : 92.9-99.8%) とされている。

 

検査業者が使用しているものと同じ、ホロジック社製の 2 つの PCR 法と TMA 法の一致度

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

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Aptima (TMA 法) と Panther Fusion (PCR 法) とでは陰性一致率は 100% (95% CI : 100-100%)であった(黄色)。

Aptima (TMA 法) と MagNA/LC480 (PCR 法) とでは陰性一致率は 96.9% (95% CI : 94.5-99.3%) であった(みどり色)。

Panther Fusion (PCR 法) と MagNA/LC480 (PCR 法) とでは陰性一致率は 100% (95% CI : 100-100%)であった(青色)。

MagNA/LC480 で陰性と判定された 130 例のうち、Aptima では 4 例が陽性と判定されている。

MagNA/LC480 を信頼するのであれば、Aptima は偽陽性がありうるということであり、特異度が 100% であるという主張は揺らぐことになる。

しかも本実験では、同じホロジック社製の製品を使用している。この結果を信頼するのであれば、製品ごとのばらつきは少なく、優秀な製品群であると考えられるが、一方で検査精度には限界があるということの証明でもある。少なくとも「特異度 100%」の根拠とはなりえない。

 

特異度100%、感度が PCR よりも良い、とする根拠としている論文?

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

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TMA では Taqpath RT-PCR や CDC RT-PCR では検出できないような少ないウイルス量 (copies/mL) でもウイルスを検出していることが分かる。

これが「感度が高い」とする根拠なのだろう。

ここで注目したいのは、TMA 法であっても 5.5 × 10e0~1 copies/mL のウイルス量では検出できておらず、5.5 × 10e2 copies/mL のウイルス量でも検出できない可能性があるということである。すなわち検出限界があるのである。

 

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RT-PCR では 4 例が陽性/陰性の判定が出来ず、TMA ではその 4 例を判定した (2 例ずつ)としている。

また、その 4 例を除くと、陰性一致率は 100% であったとのことである。

 

感度と特異度の関係

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一般的に疾患なし群と疾患あり群には境界領域があり、 どこからを疾患ありとするか、とするカットオフ値を決めた場合、必ず偽陰性と偽陽性が生じる。

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偽陽性がなくなるようにカットオフ値を動かすと、上図のように偽陽性はなくなる(=特異度が上がる)が、かわりに偽陰性が増える(=感度が下がる)ことになる。

このように感度と特異度はトレードオフの関係にあり、一般的な検査では高感度と高特異度は両立しない。

実際にカットオフ値を設定するときは、ROC 曲線というものを描き、なるべく感度と特異度が良いものを採用することになる。

 

小括

上述したように、検査には限界があります。

また実際の検査では、検体の採取ミスやコンタミネーション、検体の取り違えなど、業者側のミスではなく採取者側のミスも含めてエラーが起こりえます。

また事前確率の違いによって陽性的中率、陰性的中率は変動します。

 

半年間に 2 回の定期検査?

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「定期検査証明書の発行」として「検査キットは1名1回分12,000円(税別)で、半年間に2回の定期検査をお願いします。定期検査を実施した歯科医院には、院内掲示できる額縁入りの証明書を発行します。」とあります。

 

ここは実に不思議な感じがするのですが、額縁入りの証明書が保証するのは「定期検査を実施している」ことであり、陰性であることを保証するものではありません。

本当に必要なのは、「感染していない証明」なのではないでしょうか?(無理ですけど)

 

「定期検査を実施している」ことに何の価値があるのでしょう?

 

だいたい、「定期検査をしているから安心」というのは「定期的に健康診断を受けているから健康」みたいな言い方に過ぎません。

 

ここでもう一度プレスリリースの冒頭に戻ると、このように書いてあります。

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院内掲示できる検査証明書も発行するので、患者さんも安心です。」

 

「定期検査証明書」「検査証明書」は別物なのでしょうか?

うーん、分かりません。

仮に「定期検査証明書」が「定期的に検査をしている証明書」であり、「検査証明書」が「検査の結果を書いたもの」であったとすると、以下のような扱いになります。

 

「これが定期検査証明書です」→ だから何?今は感染しているかもしれないでしょ?*

「これが検査証明書です」→ だから何?今は感染しているかもしれないでしょ?*

* 個人の感想です

 

スタッフも患者さんも、誰も安心できませんね。

むしろ「この歯科医院大丈夫か !?」となるのではないでしょうか。

 

費用対効果は?

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費用対効果を考えてみましょう。

 

まずは費用から考えます。

1名1回分 が 12,000円(税別)です。

例えばスタッフが 5 名いる歯科医院で、陰性証明としたいのなら毎日検査をします。

1 日あたり 60,000円(税別)、月に 20 日診療したとして 1 ヶ月あたり 1,200,000円(税別)かかります。

最近はもっと安いところもありますけどね。

 

一方で得られる効果を考えます。

......安心?信頼?

...実は、ここだけの話、個人的には信頼が得られると思っています。ただし符号は逆、マイナスです。

みなさんはどうお感じになりますか?

ここは個々人の価値観でご判断ください。

 

あくまで私の価値観では、費用対効果はマイナスになり、投資効果がないどころか損をする、という結果になりました。

これ以上安くても効果がマイナスである以上、費用対効果はマイナスのままです(笑)

 

この検査に投資をするくらいなら、私の個別webセミナーを聞いた方がずっと費用対効果が良いと思います(急に宣伝)。

1 日分の検査費用で web セミナーを 〜2 時間、1 ヶ月分なら私を 10 回直接呼び付けることができます。

同じ証明書なら、私のセミナーを受けた証明書の方が...(効果なし??)

 

まぁそれはともかく、この定期 PCR 検査に投資をするくらいなら、頑張っているスタッフの皆さんに還元していただければと思います。

 

まとめ

PCR 検査をいくら行っても、得られるものは安心ではありません。

費用対効果も悪く、投資する価値を見出すことはできません(少なくとも私には)。

 

繰り返しになりますが、本当に必要なものは「安心」ではなく「安全」です。

一時的にかりそめの安心を手に入れても、最後には信頼を失うだけです。

そして「安全」には正しい知識と正しい感染対策が必要です。

同じお金を使うのなら、安全を得るための投資をしましょう。

安全こそが、スタッフや患者さんの安心に繋がると思います。

 

 

 

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