歯科医師・博士(感染制御学)

感染制御学の博士号を持つ歯科医師です。新型コロナウイルスを含む、感染対策について発信するブログです。

必要不可欠な歯科治療とは何か?

とても面白い論文を読みましたので、共有したいと思います。
 
 
(※ essential を「必要不可欠」と訳しています)
 

やっぱり定義が大事!

「歯科治療は必要不可欠なのか?」「歯科治療は不要不急なのか?」といった議論が、特にパンデミック初期にありましたね。
まだウイルスの性質が分かっておらず(今もまだ分かっていないことも多いですけど)
、CDC や ADA が救急処置以外の歯科治療を停止するよう勧告を出した時期でした。
また、一部には「空気感染ガー」と混乱していた方もいらっしゃいましたね。
 
当時の勧告自体は、特に PPE 等の資材の不足もあり、公衆衛生の観点からは容認されるものであったと、個人的には考えています。
 
さて、筆者らは、「歯科治療は必要不可欠なのか?」「歯科治療は不要不急なのか?」という議論が紛糾した原因は、「何をもって必要不可欠なのか」というコンセンサスの欠如があったこと、また CDC やADA が暫定ガイダンスの中で用いた ”essential”, あるいは ”emergency”, ”urgent” な歯科治療とは何のことなのか、という用語の定義が定まっていなかったことだと主張しています。
 
その上で筆者らは、すべての歯科医療を「full spectrum of oral healthcare」と定義し、図のように、円の外側から順に「Advanced oral healthcare」>「essential」>「basic」>「urgent」と分類し、国や地域の医療リソースによってその時々に何を取捨選択するか、国や地域ごとに決定するよう勧めています。
 

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また、例えば何を"essential"とするかについても、国や地域の医療リソースや文化経済、人々の価値観などを反映させるべきだと主張しています。
 
今後こうした議論をする上で、非常に参考になる論文だと思います。
 
ちなみにこの論文の筆頭著者はアメリカ人であり、アメリカの医療体制の脆弱さを嘆いているようにも読めます。
医療保険でカバーされる範囲が狭く、無保険の人も多いことによる弊害が今回の COVID-19 対策で顕在化しましたからね。
その点は日本と状況が異なりますので、そのあたりを差し引いて論文を読む必要がありました。
 
 

ロイターの誤報と ADA のドタバタ

 
さて、論文のとある一節に、WHOが 8 月に出した声明と、それに対する各国の利害関係者(主に ADA)の反応を取り上げています。
 
ここの部分が最高に面白かったです。
 
CDC を含む多くの国の当局が2020 年 2 月以降、歯科医療と COVID-19 に関するガイダンス文書を発行したが、WHO は 2020 年 8 月に「COVID-19 時代における「必要不可欠な歯科医療」の提供に関する暫定ガイダンス」を発表した
(中略)

WHO の暫定ガイダンスの発表後、主要な歯科関係者団体と WHO との間では、国際的な大手通信社(ロイター)の誤報や、予防歯科を「必要不可欠ではない」としたことが発端となって騒動が起きた。

ロイターの最初の報道では、WHO は COVID-19 時代において、「日常的」で、「必要不可欠でない」歯科医療を見送ることを推奨している、と述べられていた。

その後この報道は他のメディアや利害関係者によって取り上げられたが、彼らは明らかに WHO の文書の全文を知らなかったようである。


ADA をはじめとする歯科医療機関は、すべての歯科医療の提供はあらゆる状況下で必要不可欠かつ安全であり、歯科医療を制限することは深刻な健康問題と医療システム問題の結果につながると述べ、WHO の勧告に反論する声明を速やかに発表した。

しかし、WHO の勧告は、現在の疫学や感染リスク、医療システムに対する感染状況の影響を反映した国または地域の規制のもと、という条件に加え、その国や地域内での感染拡大が大きい状況でのみ、歯科医療を緊急または救急の治療に限定するよう助言している。

問題となった文章では、「WHO は、通常の口腔内の健康診断、歯のクリーニング、予防ケアを含む、日常的な『必要不可欠ではない』歯科医療を、COVID-19 の感染率がコミュニティ感染からクラスター感染へと十分に減少するまで、あるいは国、準国家、地域レベルでの公式勧告に従って、遅らせるよう勧告する」と書かれている。

このような状況下でのみ、日常診療を延期すべきであり、この勧告は、2020 年 3 月の CDC の勧告を含む、いくつかの国の勧告と大きく一致している。

さらに、WHO の暫定ガイダンスは、COVID-19 パンデミック時における効果的な予防ケアが重要であると明らかに強調しているが、「必要不可欠な歯科医療」の確固たる定義を提示してなかった。

残念ながら、1 日後にロイターが発表した最初のメディアリリースの修正は、最初のセンセーショナルな見出しが生み出したような国際的な注目を集めることはなかった。

その間に、WHO Interim Guidance Noteの上記の文中の "non-essential" という言葉は、実際には "non-urgent" に変更されていた。

 

ロイターの報道は誤報である、としています。
実は私もブログで「大切な前提が抜けている、ただ単にクリックさせるための卑怯な見出しだ」指摘していたのですが、その後修正されていたのは知りませんでした。
 

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自画自賛(笑)

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また筆者らは彼らは明らかに WHO の文書の全文を知らなかったようである。」としていますが、私もそう考えていましたし、今でもその通りだと思います。(自画自賛2回目)
 

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しかし筆者らが主張している通り、WHOが「essentail dentistry」とは何を指すのか、という定義をしていなかったことが問題を大きくしたのは確かだと思います。
(従って、私が WHO の肩を持っているわけではありません。)
 
まずはここを日本国内でしっかりと定義して、その共通認識の元、公衆衛生に資する歯科医療提供体制のあり方を模索する議論が、今から求められているのではないでしょうか?
 
諸外国がどうとかは関係ありません。
既存の日本の医療リソースを上手に活用して、パンデミック等が生じても日本流の「必要不可欠な歯科医療」が広く国民に平等に施すことができる体制ができることを願っています。
 

 

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