河野雅臣 歯科医師・博士(感染制御学)

感染制御学の博士号を持つ歯科医師です。新型コロナウイルスを含む、感染対策について発信するブログです。

吉村洋文大阪府知事へのアンサーソング

1月19日、吉村洋文大阪府知事が、大阪府内にある歯科医院でクラスターが発生していないことから、歯科医院には感染拡大を防ぐための「何かある」とツイッターに投稿した、と報じられました。

吉村知事 歯科医院に「何かある」…府下5500の医院でクラスターゼロ(デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース

 

コロナウイルスは口の中、唾液に多く含まれている。なのでマスクが有効だし、飲食の場も指摘される。一方で利用者側がマスクができない環境に歯科医院がある。大阪には5500もの歯科医院があるが、クラスター発生はゼロ。感染対策の賜物と思うが、何かある。何か?専門家には、是非分析してもらいたい。

私自身は大した専門家じゃありませんが、一応感染制御学の博士号を持つ歯科医師です。

お呼びでないかもしれませんが、吉村知事の疑問に頑張って答えてみようと思います。

 

歯科医院で行っている感染対策とは

これまでのところ日本の歯科医院では、幸いにも患者さんを巻き込んだクラスター発生の報告はありません。

(歯科医療従事者が感染した事例や、従業員間で感染が広がりクラスターと認定された例はあります。)

「口を開けている人と接するのにどうして?」「どんな対策をしているの?」という疑問をお持ちになるのは、吉村知事だけではないと思います。

現在、日本の歯科医院では感染対策として「感染経路の遮断」「3密の回避、5つの場面の回避」「感染源の管理」を行っています。

順に紹介していきます。

 

① 感染経路の遮断

歯科医院のスタッフは、常に患者さんの唾液に触れる環境で働いています。

しかも、歯科用のドリルや注水器を使用するため、多量の飛沫が飛散します。

バイオエアロゾルが発生する状況(歯科領域) エアロゾルシリーズ② - 歯科医師・博士(感染制御学)

時には治療中、患者さんが咳き込んでしまうこともあります。

 

もし患者さんが新型コロナウイルスに感染していた場合、その飛沫を吸い込んだり、眼の粘膜に付着してしまうと感染してしまう恐れがあります(飛沫感染)

これを防ぐために、つまり”飛沫感染という感染経路を遮断”するために、歯科医院のスタッフはマスクゴーグル・フェイスシールドを装着しています。

患者さんにも治療直前までマスクを装着してもらい、治療終了後にはすぐにマスクを装着してもらうよう、お願いもしています。

 

また、治療中に出た飛沫は半径1〜2メートルの範囲に飛散し、周囲の環境を汚染してしまうことが分かっています。

バイオエアロゾルはどれくらいの範囲を汚染するのか エアロゾルシリーズ④ - 歯科医師・博士(感染制御学)

もし患者さんが新型コロナウイルスに感染していた場合、飛沫で汚染された環境表面を触り、その手で自分の目や口、鼻に触れてしまうと感染してしまう恐れがあります(接触感染)

これを防ぐために、つまり”接触感染という感染経路を遮断”するために、歯科医院では環境表面の消毒を行っています。

 

また、患者さんの口の中に手を入れて治療をしますので、手が唾液で汚染されないようにグローブを装着しますし、治療の前後には手洗い(手指衛生)を行います。一度患者さんに使用した医療器具は洗浄・滅菌などの再処理を行います。

 

 

② 3密の回避、5つの場面の回避

”3密”が何か、はもはや説明不要でしょう。

多くの歯科医院は予約制になっていますが、予約制であるために患者さんが待合室で長時間待つという状況が起こりにくく、もとから3密になりにくいという特徴があります。

換気はもちろんのこと、さらに診療の開始時間や終了時間をずらしたり、待合室の外で待機してもらうなど、時に患者さんの協力をいただきながら3密を回避するための対策を強化しています。

 

また、休憩室や更衣室で気が緩み、食事中のおしゃべりや食べ物の共有がクラスター発生に関係していることが分かっています(5つの場面)

歯科医院でも食事中はしゃべらないこと、距離をとること、食べ物は共有しないこと、歯磨きも離れて行うことなど、5つの場面を回避するための対策を強化しています。

感染リスクが高まる「5つの場面」|内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室

 

 

③ 感染源の管理

感染源の管理とは、分かりやすく言うと「歯科医院の中にウイルスを持ち込ませないために行う対応」のことです。

発熱や咳、倦怠感などの症状がある患者さんの診察を延期または時間を短縮したり、薬の処方にとどめるなど、患者さんの協力をいただきながら診療を制限、なるべく歯科医院の中にウイルスを持ち込ませないようにしています。

 

また、発熱がある、咳が出ているなど、体調の悪いスタッフは仕事を休むようにしています。

患者さんにとっては治療がキャンセルされ、予定の変更を迫られることになるわけですが、こちらも患者さんの協力をいただきながら、歯科医院の中にウイルスを持ち込まないように気を付けています。

 

 

③’ 感染源の管理 治療前のうがい

治療前のうがいも「感染源の管理」に該当します。

日本歯科医師会のガイドラインでは次のように記載されています。

治療前の感染予防として、まずは、患者に治療開始前に消毒薬で含嗽(うがい)してもらい、口腔内の微生物数レベルを下げることも飛沫感染対策として、診療室の環境を清潔に保つための簡便な手段とされている。
また、治療後における含嗽も感染予防に有効と思われる。

消毒薬としては、ポビドンヨード、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウ ム、クロルヘキシジンなどが挙げられる。

吉村知事が以前より注目しておられるポビドンヨードも有効と思われる、と記載されていますし、アメリカ*やオーストラリア**でも、同様にポビドンヨードなどによる治療前のうがいが推奨されています。

Guidance for Dental Settings | CDC

** https://www.ada.org.au/getdoc/5f6196b5-cdbd-4bec-bc38-0e9d6b0ea5ca/Infection-Control.aspx

 

しかし最近では、本当に新型コロナウイルスの感染リスクを下げるのか科学的根拠が少ないため、積極的な推奨はしない論文*や指針**も出てきました。

Antiviral Activity of Reagents in Mouth Rinses against SARS-CoV-2

** Implications of COVID-19 for the safe management of general dental practice - a practical guide | FGDP

1月15日に日本口腔外科学会から発表された指針でも、治療前のうがいの有効性に関する科学的根拠が少なく、推奨度は「弱く推奨する」と記載されました。

新型コロナウイルス感染症流行下における口腔外科手術に関する指針|会員・医療関係者|日本口腔外科学会

感染蔓延期など無症状の COVID-19 患者が来院する可能性が高まっている状況での口腔外科手術に際し、ポビドンヨードに過敏症など安全性の面で問題がない患者に洗口させることは、手術中のエアロゾル中の SARS-CoV-2の一過性の減量を通じて、術者および介助者が感染するリスクの低減を期待できる。

なお、ポビドンヨードのアレルギーは 0.4% の人に見られたという報告があり、決して少なくないので注意が必要です。

Allergic contact dermatitis from povidone-iodine: a re-evaluation study

  

ここで大切なことは、処置前のうがいは歯科医院のスタッフには利益があるかもしれませんが、実は患者さんには利益が少なく、むしろアレルギーのリスクがある、という点です。

もちろん歯科医院のスタッフが感染しにくい状況は患者さんにとっても大切なことです。

しかし患者さんに治療前のうがいをお願いするのであれば、本当に感染リスクを下げるのか、そしてそれは患者さんをアレルギーのリスクにさらすほど価値があるのか、という科学的根拠を明らかにするのが先ではないのか、と個人的には考えています。

 

なおポビドンヨードには、長期間使用したとき甲状腺機能に異常が出たという報告があります。家で毎日使う時には十分注意してください。

Povidone iodine-induced overt hypothyroidism in a patient with prolonged habitual gargling: urinary excretion of iodine after gargling in normal subjects

 

 

まとめ

このように、歯科医院では「感染経路の遮断」「3密回避」「感染源の管理」の考えのもと、マスクやゴーグル・フェイスシールド、グローブを着用し、環境表面の消毒と手洗い、換気、3密回避、体調不良の患者さんの診療制限、体調不良のスタッフを休ませる、といった感染対策を、時に患者さんの協力を得ながら*1実行しています。

これが歯科医院でクラスターが報告されていない理由です。

 

ゴーグル・フェイスシールドとグローブの着用は医療機関に特有のものですが、それ以外はどうでしょうか。

 

マスクの着用、環境表面の消毒(=よく触るところの消毒)、手洗い、換気、3密回避、5つの場面回避、体調不良なら休む...。

 

どれも特別なことではありません。

すでに政府や専門家会議が「有効だ」と国民に向けて発信している内容そのものです。

特別なことをしなくても、感染を抑えることはできるのです。 

 

以上が、吉村知事の「歯科医院には何かある」に対するアンサーです。

 

あとはこれをいかに忠実に、愚直に継続できるか、だけです。

「何か」に縋りたい気持ちはとても良く分かりますが、本当にそれだけなんです。

 

 

*1:飲食店等でもお客さんの協力を得ながら感染対策を行う必要がありますが、なかなか難しいですよね...。歯科医院はこの点、恵まれていると思っています。