いよいよ日本にもワクチンが届けられ、2 月の第 3 週中ごろには、一部の医療従事者から接種が始まるようです。
これまでの、先が見えない状況から大きな転換があることは間違いないでしょう。
とても嬉しいことです。
人口の何割が接種したらどうなるのか、現在の生活や仕事上の制約がどれほど解禁されるのか、など、まだまだ未知数なことは多いですが、なるべく多くの方が接種することが望まれます。
Challenges in creating herd immunity to SARS-CoV-2 infection by mass vaccination
しかし、それを妨げる恐れのある、ワクチンの有害事象や副反応に関する偏った報道が散見されています。
このように、感染症やワクチンに関する誤った報道や情報発信は、個々人の自己決定権を侵害し、公衆衛生の推進の妨げになり、最悪の場合、人を殺します。
この点、我々、歯科医療従事者も十分に気を付ける必要があります。
今後、歯科医療従事者に求められること
今後、医療従事者、高齢者等の基礎疾患を有する方々、そして一般住民、とワクチンを接種する人がどんどん増えていきます。
すると、ワクチンを接種した経験のある患者さんが歯科医院を受診をするようになります。
接種してから間もない患者さんが受診することもあり得るでしょう。
その時、何らかの口腔内の疾患を見つけた場合、どのように対処したらよいでしょうか?
言うまでもありませんが、「ワクチン接種後に症状が出たのだから、これはワクチンのせいだ」と短絡的に考えてはいけません。
もちろん、「いやぁー、大丈夫でしょ」と適当にあしらっていいわけでもありません。
正しい情報と知識を習得し、患者さんや社会全体の不利益にならない対応を取ることが求められます。
ワクチンの有害事象、副反応とは
有害事象:ワクチン接種後に生じた、好ましくない反応のこと。因果関係の有無は問わない。
副反応:ワクチン接種後に生じた、好ましくない反応のうち、因果関係が判明しているもの。
因果関係とは?
因果関係とは、AとBが原因と結果の関係にあることを言います。
科学(医学)において因果関係を証明するためには、一般的にランダム化比較試験*1を行います。
したがって、個人において生じた事象について、因果関係を証明することは原則不可能です*2。ここテストに出ます。
有害事象は、ワクチン接種後に生じた好ましくない事象は何でも当てはまります。
ワクチンを接種して、建物から出たところで雷に撃たれた、ということも有害事象です。
何だそれ、とお考えになるでしょうけど、因果関係は問わないのです。
新型コロナウイルスワクチンのランダム化比較試験
新型コロナウイルスワクチンについても、当然ランダム化比較試験が行われています。
⑴ ファイザー社製のワクチン(BNT162b2)のランダム化比較試験
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2034577
接種したところの痛みは比較的多く認められています。プラセボと比較しても明らかに多く、この痛みは副反応と考えてよさそうです。
1 回目よりも 2 回目のほうが強い反応が見られるようです。
倦怠感、頭痛、悪寒、筋肉痛、関節痛あたりは副反応と考えられます。
なお有効性については、発症リスクは約 95% 減、重症化リスクは約 89% 減という結果が出ています。すごい成績ですね。
⑵ モデルナ社製のワクチン(mRNA-1273)のランダム化比較試験
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2035389
局所は痛み、全身では頭痛、倦怠感、筋肉痛、関節痛、悪寒が副反応と考えられる差が出ています。
なお有効性については、発症リスクは約 94% 減、重症化リスクは約 100% 減という結果が出ています。こっちもすごいですね。
いずれのワクチンも口腔内の有害事象、副反応は報告されていませんでした。
今後歯科を含め、ワクチン接種後のガイドラインなども整備されてくると思いますが、接種後は数日間、頭痛や倦怠感、筋肉痛、関節痛、悪寒を中心とした副反応が出る可能性は十分考えられます。
我々歯科医療従事者も接種の順番が回ってきますが、接種後数日は休める体制を整えておくことが望ましいかと思われます。
大規模接種開始後の有害事象
これまでの治験や、一般住民への接種により副反応に関する知見も増えてまいりました。
CDC からは、有害事象とアナフィラキシーに関するレポートが出されています。
レポート発表時までに 1,893,360 例のワクチン接種が行われており、4,393 例(0.2%)の有害事象がワクチン有害事象報告システム(VAERS)に登録されていたとのことです。
そのうちアナフィラキシーを含む重篤なアレルギー反応の可能性がある症例として、175 件の症例が報告されていました。
アナフィラキシーと判定された症例は 21 例(1,000,000回あたり 11.1 回)で、そのうち 17 例はアレルギーやアレルギー反応の既往歴のある人で、その 17 例中 7 例はアナフィラキシーの既往がありました。
アナフィラキシーと判定された 21 例の詳細が以下の表にまとめられています。
5 例に舌や口唇の腫脹が認められたとのことです。
アナフィラキシーであれば、口腔内にも症状が認められています。
口腔内に症状が出た患者が受診した!どうしたらいいの?
接種から間もない場合で、かつアナフィラキシーが疑われるのであれば、エピペン®︎を筋注し、救急病院へ搬送します。難しいことは考えなくていいと思います*3。
接種からある程度経過していた場合や、接種直後であってもアナフィラキシーが疑われない場合、慎重さが求められます。
「うーん、これは副反応かもしれないから、接種した病院に行ってください」
これは患者さんを不安にさせる好ましくない対応です。
以下のような、事実に基づく説明をするように心がけましょう。
「これまで世界で 200 万人近く接種されていますが、アレルギー反応を除き、口の中にワクチンと関連した症状が出た、という報告はありません*4。なので、この症状がワクチンと関係している(=副反応である)可能性は極めて低いと考えられます。
ただ、あなたの口の中に症状がある(=有害事象がある)ことは事実なので、これは関係機関に報告*します。関係がなさそうでも報告するように法律で定められているのでね。
症状の経過はこちらでも観察しますが、接種した病院の先生にも診てもらいましょう。
こちらから直接電話で連絡しておきますがよろしいですか?紹介状も書きますから必ず受診してくださいね。**」
* 有害事象の報告
有害事象と思われる症状を確認した場合、予防接種法に基づき、PMDA(医薬品医療機器総合機構)に報告しなければなりません。
表題は「副反応疑い報告」とされていますが、有害事象も対象です。
「雷に撃たれた」も報告対象です。
報告の方法はこれまで紙運用でしたが、オンライン化を急いでいるようです。これはそのうちアナウンスがあるでしょう。
個人レベルでは因果関係は分かりませんが、複数の報告があれば、ワクチンの安全な運用を支える情報になるかもしれません。我々も大いに貢献しましょう。
** 着実に専門家につなげる
確実に患者さんを専門家に診察してもらう必要があります。
ここで、患者さんが”おかしな医療機関*5”に自己判断で受診してしまうと、その患者さんはまともなフォローが受けられなくなってしまう恐れがあります。
反ワクチン派に捕捉された場合、広告塔として利用されてしまうかもしれません。
患者さんにとっても、社会全体にとっても大きな損失を被ることになってしまいます。
歯科医療従事者がやってはいけないこと
・不安を感じている患者さんにおざなりな対応をすること
患者さんが”おかしな医療機関”に取り込まれてしまう恐れがあります。
・口腔内症状の写真を「これが副反応だ!」「副反応かもしれない」などといって SNS に投稿すること
喜び勇んで拡散する勢力がいます。
・有害事象を PMDA へ報告したことを SNS に投稿すること
隠蔽するなーとか訳の分からない攻撃を受ける恐れがあります。
いずれも、ワクチンへの正しい理解と、正しい情報に基づく自己決定権を妨げる恐れがあり、「公衆衛生の向上および増進に寄与すること」とは逆の結果をもたらしてしまうかもしれません。
このあたりのガイドライン等も、今後整備されてくると思いますが、今から十分に気をつけてください。