河野雅臣 歯科医師・博士(感染制御学)

感染制御学の博士号を持つ歯科医師です。新型コロナウイルスを含む、感染対策について発信するブログです。

口腔ケアは COVID-19 の重症化を予防するか

先日、COVID-19 と歯周病の関係に関する文献を紹介いたしました。

 


結論としては、「まだよく分からない」というものでしたが、1ヶ月ほど経過しました。

その後、気になる文献がありましたので、ご紹介したいと思います。

 

COVID-19 と細菌感染(共感染・二次感染)

COVID-19 の共感染と二次感染を対象としたリビング迅速レビューとメタアナリシスの論文を紹介します。

Bacterial co-infection and secondary infection in patients with COVID-19: a living rapid review and meta-analysis

 

  1. COVID-19 の重症化には細菌感染が関与している
  2. (専門的)口腔ケアで誤嚥性肺炎や人工呼吸器関連肺炎(VAP)を予防できる
  3. (=1+2)口腔ケアで COVID-19 の重症化を予防できる(かもしれない)

という論説を目にすることがありますが、実際どの程度、COVID-19 の重症化に細菌感染が関与しているのでしょうか?

研究概要

・「細菌感染」は、a)共感染、b)二次感染と定義した

・呼吸器検体または血液培養検体から細菌が検出されたものだけを細菌感染と定義した

・COVID-19 患者と細菌感染に関する論文をレビュー、24 の論文が分析対象となった

・24 の論文は全てレトロスペクティブ、21 はアジア(中国、シンガポール、タイ)

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24 の論文の概要
結果

・共感染が認められた患者 3.5 %(95% CI: 0.4-6.7)、I^2 = 57 %

・二次感染が認められた患者 14.3 %(95% CI: 9.6-18.9)、I^2 = 98 %

・すべての細菌感染患者 6.9 %(95% CI: 4.3-9.5)、I^2 = 94 %

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研究ごとのバラツキが大きいですね

・COVID-19 の重症度の推定値で層別化すると、重症患者における細菌感染は 8.1 %(95% CI: 2.3-13.8)、I^2 = 45% であった

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・いずれも異質性(研究間のばらつき)が大きい

・大多数の患者が抗菌薬を投与されていた:71.8%(95% CI: 56.1-87.7)

結論

COVID-19 患者における細菌感染(共感染、二次感染)の頻度は低い

・抗菌薬の漫然とした投与は効果が期待できない

・耐性菌発生の恐れもあり、正当化されない

(私の)考察

抗菌薬の漫然とした投与はやめるべきだ、というのが筆者らの主張です。

重症化には細菌感染よりも、別の要因の影響が大きいことが示唆される結果でした。

 

アジスロマイシンの投与

上述した論文と関連して、アジスロマイシンの投与が COVID-19 のコミニュティレベルでの発症や重症化を予防するか、を検証した無作為比較試験(PRINCIPLE study)を紹介します。

https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(21)00461-X/fulltext

 

なぜアジスロマイシン?

アジスロマイシンは furin(ACE2 を切断し、SARS-CoV-2の細胞内への侵入を促進すると考えられている酵素:主たる酵素は TMPRSS2)のレベルを低下させる可能性があるため、理論上は感染予防効果や発症予防効果があると考えられていました。
 
またアジスロマイシンは IL-6 などの炎症性サイトカインのレベルを低下させるため、理論上は重症化予防効果があると考えられていました。
 
こうした背景からでしょうか、少し前のことですが、「緊急時なのでアジスロマイシンを内服してコロナ予防」のような歯科医院の情報発信を見かけたことがありました。
 
しかしその後の研究で、入院中の患者では、アジスロマイシンは単独あるいはクロロキンとの併用でも有効性は確認されなかった、という報告[1-3]が相次ぎ、そうした発信はあまり見かけなくなりました。
1)Lancet 2021; 397: 605–12. 2)N Engl J Med 2020; 383: 2041–52. 3)Lancet 2020; 396: 959–67.
 
この研究は、コミュニティレベルでのアジスロマイシンの有効性について検討するために行われています(=無症状者や自宅療養の軽症例、あるいは感染予防を期待するための使用を想定している)。
 
研究概要
《方法》
・イギリスでの無作為比較試験
・65 歳以上、または基礎疾患のある 50 歳以上の COVID-19 患者が対象
・通常ケア群、通常ケア+アジスロマイシン併用群
・アジスロマイシンは 500mg、分 1、3 日間投与
結果
・primary outcome:初回回復までの期間、入院・死亡、いずれも統計学的有意差なし
・secondary outcome:回復が持続した期間、症状の悪化、症状悪化の持続、症状悪化期間、自覚症状、ウェルビーイング指標、酸素投与の必要性、人工呼吸の必要性、ICU入院、いずれも統計学的有意差なし
結論
・アジスロマイシンを COVID-19 発症予防、あるいは重症化予防を目的に、コミュニティレベルで日常的に投与することは正当化されない
・効果のない対策を実施することは、患者に「抗菌薬が効果があるんだ」と誤った認識を与えることになり、公衆衛生上の懸念となる
・薬剤耐性菌の出現のリスクを考慮する必要がある
(私の)考察
・理論上あり得ても実臨床では意味がない、ということはよくありますが、これもその好例と言えます
・「緊急時だから効果がありそうなら何でもする(何でも許される)」ではなく「緊急時だからこそ確かなものを徹底」が重要ですね
・効果が確かなものを(特に一般大衆に向けて発信する時は)推奨するようにしましょう
・要するに、3密回避、5つの場面回避、ソーシャルディスタンス、マスク、手洗いなど、世界中の専門機関が推奨している感染予防策に匹敵する、あるいは上回る度合いの感染予防効果がなければ推奨には値しない、ということです
 

まとめ

今回はメタアナリシスと無作為比較試験という、エビデンスレベルの高い研究結果をご紹介いたしました。
横断研究等だけで判断せざるを得ないことも多々ありますが、Fig2.やFig3. の Wang L. 2020. のフォレストプロットをご覧いただければ分かる通り、メタアナリシスの結果とはかけ離れた数字が出ています。
もし Wang L. 2020. の論文だけを根拠に情報発信していた場合、ミスリードをしてしまうこともあります。
私が先日紹介した COVID-19 と歯周病の関係のブログで「まだ分からない」としたのも、これが理由です。
 
このことからも分かるように、一般大衆への情報発信の根拠は、可能な限りエビデンスレベルの高いものとするべきでしょう*1
「効果がありそうだから何でも推奨する!」では一般の方々は疲弊してしまい、本当に大切な対策が疎かになってしまう恐れがあります(公衆衛生上の懸念)。
 
プロ同士の会話はもちろん、個々の患者さんへの EBM においてはエビデンスレベルの低い*2ものを応用せざるを得ないことは良くあります。
従ってエビデンスレベルの低い研究に価値がない、ということを言いたいわけではありません。むしろ逆です。そうした研究の積み上げがあってこそのメタアナリシスですから。
 
さて本題に戻りますが、口腔ケアは COVID-19 の重症化を予防するか?という観点で今回ご紹介した論文を読んでみます。
それについては結局、「まだ分からない」です。
ただ、COVID-19 患者の細菌感染の頻度が、そもそも高くありませんでした。
従って、口腔ケアが COVID-19 の重症化予防に寄与する度合いはそこまで大きくないことが予想されます。
 
今回ご紹介した、2つのエビデンスレベルの高い論文をもとに、一般の方々への情報発信について考えていただくきっかけになればうれしく思います。
 
念のため申し上げておきますが、私は口腔ケアに価値がない、という主張をしているのではありません。
口腔ケアには”もともと”素晴らしい価値があります。
呼吸器疾患を有した患者に(専門的)口腔ケアを提供することは、患者の QOL 向上・維持に不可欠であることは周知の事実です。
従って、歯科関係者はこれまで以上に COVID-19 患者に対して、専門的口腔ケアを積極的に提供するべきだと思います。
 

*1:専門家の意見(エビデンスレベルが低い)が意外とバチッと決まることもあるのですが、それはその専門家の意見を正しく評価して、患者や現場に適用できるかどうか正しく判断できるレベルの専門家の内輪に留めたほうがいいと思います

*2:価値が低いという意味ではなく、また、正しくないという意味でもありません