河野雅臣 歯科医師・博士(感染制御学)

感染制御学の博士号を持つ歯科医師です。新型コロナウイルスを含む、感染対策について発信するブログです。

歯科医院でクラスターが発生したと”報告された”ワケ

クラスター発生の報道

富山市内の歯科医院で、患者2名を含む新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のクラスターが発生した、と4月29日、富山県が発表しました。

 

① 富山の歯科医院でクラスター 新たに13人感染(北國新聞社) - Yahoo!ニュース

② 富山市の歯科医院で6人感染のクラスター(テレビ朝日系(ANN)) - Yahoo!ニュース

③ 新型コロナ 富山県で7日連続10人超 歯科医師も感染/富山(チューリップテレビ) - Yahoo!ニュース

④ 新たに13人感染 歯科医院でクラスターも|NNNニュース

⑤ 歯科医院クラスター 県内20例目 富山市内、6人感染 |社会|富山のニュース|富山新聞

 

これらの記事と富山県の発表を総合すると、以下のような時系列で感染が広がったことが推測されます。

 

4月9日(金)  通院していた患者の感染が判明

4月11日(日) 歯科医師がPCR検査を受ける

       体調不良のため18日(日)まで休診(記事⑤)

4月12日(月) 歯科医師陰性

4月18日(日) 歯科医師が発症する(発熱、咽頭痛)(富山県発表)

4月19日(月) 患者3名を診察(のちに2名の感染が判明)
       歯科医師がPCR検査を受け、同日陽性確定

4月22日(木) Aさん、BさんがPCR検査を受ける

4月23日(金) Aさん陽性確定
       Bさん陰性
       CさんがPCR検査を受ける

4月24日(土) Cさん陽性確定

4月27日(火) Bさんが発症する(発熱)、PCR検査を受ける

4月28日(水) Bさん陽性確定

※ 他にも2名の感染者がいますが、富山県の発表では確認できませんでした。

 

疑問点

※ ここから先は、前述の情報源、少なくとも記事⑤に目を通してからお読みください。

報道と県の発表の違い

報道によると11日から体調が悪く、18日まで休診をしていたようです(11日発症)。

ところが県の発表では11日発症ではなく、18日発症となっています(18日発症)。

以下、11日発症の場合と18日発症の場合に分けて考えてみます。

 

《11日発症の場合》

11日に受けたPCR検査を行い、12日に陰性という結果を得ています。

しかし体調不良は続いているため休診を継続、体調が回復したので19日から診療を再開することにした、ということでしょうか。

また、19日にPCR検査を受けた理由が分かりません。

何らかの事情でPCR検査(しかも行政検査)を受けたのであれば、その結果を待たずして診療を行った理由も分かりません。

富山県の発表によると症状があり(軽症)、入院している(発表時)とのことです。したがって体調が回復していなかったのかもしれません。

 

《18日発症の場合》

19日にPCR検査を受けたことは辻褄が合います。

しかし、11〜18日に休診していたことと辻褄が合わなくなります。

なお、仮に11日の検査が、濃厚接触者と認定されたため行われた行政検査であった場合に必要とされる休診期間は14日間ですが、今回は濃厚接触者とは認定されていません。

 

このように不可解な点があり、何があったのか正直申し上げてよく分かりません。

感染が広まったと考えられる19日、富山県の発表によると体調が悪かったわけですが、記事⑤からは体調が回復したので診療を再開したのか?とも読めます。

ただ、19日の診療、たった1日の診療で感染が拡大したことはほぼ間違いないと思われます。

 

今回、歯科医院でどのように感染が広がったのか、考えられる仮説を提示したいと思います。

 

考えられる感染経路(仮説)

* 太字がより可能性が高いもの

⑴ 患者から歯科医師への感染

歯科医師の感染対策の不備(手指衛生の不徹底、PPE*1着脱時のエラー)

 例えば、歯科医師が診療後にグローブを外すときに患者の唾液で手を汚し、その後手指衛生せずに自分の口や鼻、眼などに触れると感染する恐れがある

診療前後の双方マスクなしでの会話

・治療時に発生する飛沫の吸入

⑵ 歯科医師から患者への感染

歯科医師の感染対策の不備(手指衛生の不徹底、PPE着脱時のエラー)

 例えば、歯科医師が自分の口元を触れた後、グローブを装着する前に手指衛生を怠ると、グローブにウイルスを含む歯科医師の唾液が付着する恐れがある

診療前後の双方マスクなしでの会話

・治療中の歯科医師の発声(特に換気の悪い部屋の場合)

 治療中の騒音に負けない大きな声で患者に指示をするなど、飛沫が多く出ることがありうる。どのようなマスクでも飛沫の漏れはありうる。

⑶ 歯科医師からスタッフへの感染

食事や休憩室での過ごし方の不備5つの場面の回避の不徹底)

・治療中の歯科医師の発声(特に換気の悪い部屋の場合)

 

 

歯科医療におけるクラスター

これまで、歯科医院では患者を含むクラスターの報告は、世界的に見てもありませんでした。

日本歯科医師会も「これまで歯科医療を通じての感染拡大の報告は無い」とする堀会長による国民向けの声明をホームページに掲載しています。

人と人とが接するときには感染リスクがあるわけですから(程度の差が大きいか小さいかの違いはあります)、歯科医院での感染が存在しないはずはないことは容易に想像できると思いますが、報告されたのは今回が初めてです*2

では、どうして今回、報告がなされたのでしょうか。

「感染がある/ない」「感染の報告がある/ない」の違いが、今回の富山県の発表を正しく理解するためのポイントです。

 

クラスターの公表

クラスターが公表されるのは、以下の2つの条件のいずれかに該当した場合です。

① 感染経路の追跡が困難な場合

② ガイドラインに掲載しているような感染防止策が適切に講じられていなかったことが感染の要因であると考えられる場合

これは、「飲食店等におけるクラスター発生防止のための総合的取組」という内閣官房が発表した方針に明記されています。

 

例えば歯科医院の場合、① 感染経路の追跡が困難、という状況はほとんどありません。誰が来たのかは、カルテがありますからね。

つまり今回の事例が公表されたのは、② 感染防止策が適切に講じられていなかった、がその理由だと考えられます。

 

何が適切でなかったのか

今回の事例で適切でなかった感染防止策は、「体調が悪かったのに診療を継続したこと」だと思われます。

ただし、前述した通り、19日診療時に体調が悪かったのか確証はありません。

 

患者から感染したこと(これは未確定です)、患者に感染させたことは、いくら頑張ってもゼロリスクにはなりませんので、この点を糾弾するのは酷かもしれませんが*3、もし体調が悪かったのに診療を継続したのであれば、悪い判断だったと言わざるを得ません。

なお、富山県は公開した理由を明らかにしていません。単に人数が多かったため(5人以上)公開したのかもしれません。

 

まとめ

原因を精査し、今後の感染予防策の道標にするためにも、必要十分な情報が入手できないのはもどかしく思いますが、個人情報保護の観点からはやむを得ないと思いました。

 

以前も大阪の吉村知事が「歯科医院には何かある」と発言され、歯科医院の感染予防策が話題になりましたが、歯科医院では特別なことは何もしていません。

詳細はこちらから↓

今回の事例で明らかなように、歯科医院でも(頻度こそ低いですが)感染は生じる可能性はあります。

人と人とが接触するわけですから、避けられないこともあります。

しかし、広く推奨されていること(3密回避、5つの場面回避、体調不良時の欠勤・受診制限等のスクリーニング)をおろそかにしてはいけませんし、適切な感染予防策を怠れば情報公開がなされる前例が出来ました。

今一度、気を引き締めましょう。

最後になりましたが、感染された患者さん、スタッフ、歯科医師の皆さんのご快癒をお祈り申し上げます。

 

追記

歯科医師が一度検査を受け、陰性になっています。そしてその後発症し、陽性が確定しました。

「検査を受けたということは、濃厚接触者だったのでは?なぜ診療を継続しているんだ!」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これは問題なかったと考えられます。

医療機関における新型コロナウイルス感染者発生時の行政検査について」という厚労省の通達によると、医療機関に属する人が特定の条件*4に当てはまる場合、濃厚接触者として取り扱わない(自宅待機の要請は行わない)が、検査は行うという方針になっています。医療機関の人は感染防護をしているという前提ですから。

 

追記2

PCR検査の陰性は、非感染を示すものではありません。本事例もそれに該当します。

歯科医院での定期PCR検査は感染対策にはなりえません。

めんどくさいのでもう説明はしませんが、お金を無駄にしたいのならやればいいと思います。

 

ただ、本事例のように、《11日発症》で初回のPCRが陰性でも体調不良が続いていた場合、回復してから診療再開する前にPCR検査を行うことは有益である可能性があります。

感染者と接触歴があり、その後発症している、という事前確率が高い状況にあるためです。

念のため申し上げておきますが、大規模無作為PCR検査を擁護するものではありません。適切な検査の運用を支持しています。

詳しくは以下のブログを参照してください。

www.masaomikono.com

www.masaomikono.com

 

追記③

富山県歯科医師会等の声明などの情報は、こちらの先生のブログ記事をご参照ください。

富山県の歯科医院でクラスター発生 - (続)とある最底辺歯科医の戯れ言集

 

連絡先等

www.masaomikono.com

www.masaomikono.com

 

 

*1:マスクやグローブ、眼の保護具、ガウンやエプロンなどの個人用防護具

*2:今回の事例が厳密な意味で”歯科医療を通じた感染拡大”と言えるかは不明です。例えば歯科医師→スタッフの感染が診療時間外であれば、歯科医療を通じた感染とは言えないでしょう。また歯科医師⇄患者も、マスクなしでの会話が原因であれば歯科医療を通じた感染とは言えないかもしれません。会話も診療の一環だ、と考えればそうだと言えるかもしれません。”歯科医療を通じた感染”が何を指すのか私も知らないので何とも言えませんが、ともかく歯科医院で感染が拡大したことは事実です。

*3:とは言え、十分な感染予防策を採用していて患者から感染し、患者2名に感染させる確率は極めて低いですね...

*4:濃厚接触者ではないが、事前確率が高い、濃厚接触を生じやすい、クラスター連鎖が生じやすい状況など