河野雅臣 歯科医師・博士(感染制御学)

感染制御学の博士号を持つ歯科医師です。新型コロナウイルスを含む、感染対策について発信するブログです。

日本歯科医師連盟のポスター

2021年2月に「COVID-19と歯周病の関係」と題した記事を公開いたしました。 

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この記事では、Journal of Clinical Periodontology という学術雑誌に掲載されたカタールの研究グループが発表した論文(以下、カタール論文)について解説をしております。

この論文で分かったことは以下の通りです。

COVID-19 に感染してカタール国立ハマド総合病院に入院した患者のうち、エックス線による評価で歯間部の骨欠損が2歯以上に認められたカタール在住の18歳以上の成人は、そうでないカタール在住の18歳以上の成人と比較したときの死亡の調整後オッズ比は 8.81 [1.00 - 77.7]、ICU入院の調整後オッズ比は 3.54 [1.39 - 9.05]、人工呼吸器装着のオッズ比は 4.57 [1.19 - 17.4]であった。

また、この時に注意事項として、(おおよそ)以下のように記しておりました。

決して「歯周病だと 8.81 倍コロナで死亡しやすい」「歯周病だとコロナの重症化リスクが 3.54 倍」「歯周病だと 4.57 倍コロナにかかると人工呼吸になる」とは言ってはいけません。

 

日本歯科医師連盟のポスター

しかしながら、次のようなポスターが日本歯科医師連盟から会員へ配布されました。

ホームページでも公開されています。

【ポスター】歯科治療を続けよう(連盟活動啓発ポスター) – 日本歯科医師連盟

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ポスターではカタール論文を引用する形で、

歯周病が起こす新型コロナのリスク
死亡リスク 8.8倍
集中治療リスク 3.5倍
人工呼吸リスク 4.6倍

と記載し、「コロナ禍だからこそ歯科治療を受けよう」という主張の根拠としています。

結論部分の「歯科治療は大事だね」は同意しますが、根拠となる論文の結果を正しく伝えているとは言えません。

 

なぜ「◯倍」と言ってはいけないのか、雑に説明

詳しくは論文を読むか、先のブログ記事を参照していただきたいのですが、カタール論文は症例対象研究です。いわゆる”後ろ向き”の観察研究ですね。

したがって、論文中で記載されているのはオッズ比であり、示されているのは相関関係です。

もし「◯倍だ」という結果を得たければ、行うべきは”前向き”のコホート研究*1であり、示すべきは因果関係です。

例題

AさんとBさんがPK対決をしました。その結果がこちらです。

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リスクとオッズの説明は以下の2×2表がよく使われますね。

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リスク比(相対危険)とは、「危険因子に曝露した群の罹患リスクと非曝露群の罹患リスクの比」で表されます。

P群の罹患リスクは A/(A+B)、Q群の罹患リスクは C/(C+D)なので、リスク比は A/(A+B) ÷ C/(C+D) と表されます。

リスク比から分かることは「P群はQ群よりも◯倍、罹患しやすい」ということです。

 

一方でオッズ比ですが、まずはオッズから。

オッズとは、ある事象が起こる確率pと、その事象が起こらない確率(1-p)の比のことです。

P群のオッズは A/(A+B) ÷ B/(A+B) = A/B、Q群のオッズは C/(C+D) ÷ D/(C+D) = C/Dとなりますので、オッズ比は AD/BC となります。

オッズ比は複数の要因がある(と思われる)時の寄与順位を把握する時に使用されます。最もよく見るのはロジスティック回帰分析ですね。

 

AさんとBさんのPK対決に戻りましょう。

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リスク比は 0.6/0.2 = 3

オッズ比は 1.5/0.25 = 6

です。

AさんはBさんよりも3倍、PKが上手ですが(リスク比)、6倍ゴールを決められるわけではありません。

 

おまけ

クラスターの発生の報告についてですが、ポスターには「2021年3月18日時点の情報」と注釈が書いてあります。これ自体は事実ですので殊更問題視するものでもないかもしれませんが、4月末に1件クラスター発生が報告されていますので、訂正は必要だと思います。

「クラスターの発生の報告は1件だけです」

これでも十分立派な数字だと思います。

報告がある、と、ある、の違いはあるのですが。

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まとめ

正しい情報発信は大変な割に地味です。分からないことも多く、曖昧な言い方になりがちです。

耳目を集めるためにはわかりやすく、耳障りが良く、簡単な方法や、自信満々な言い切る表現が好まれるのは事実です。残念ですが。

それでも信頼は大切にしたいですね。専門職なら尚更です。

 

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*1:例外はあります。因果推論を行っている場合(それでも結果はオッズ比で示す)、オッズ比がリスク比と近似できるほど有病率が低い場合、患者群-対照群が母集団を代表している場合。