河野雅臣 歯科医師・博士(感染制御学)

感染制御学の博士号を持つ歯科医師です。新型コロナウイルスを含む、感染対策について発信するブログです。

待機時間について

先日、「歯科医院の換気について」と題したブログを公開いたしました。 

www.masaomikono.com

 

その中で触れた「待機時間」について、詳細をお伝えしようと思います。

 

待機時間とは

待機時間とは、患者と患者の間に、エアロゾルが沈降するために設ける時間のことです。

これが初めに話題に出たのは、昨年発表された CDC の暫定ガイドラインでした。その後 CDC のガイドラインからは削除(?)されたのですが、ADA(アメリカ歯科医師会)は待機時間が必要であるとの声明を出しています。

ADA responds to change from CDC on waiting period length

その後、イギリスのガイダンスにも待機時間が必要であるという推奨がなされ、かなり詳細に記載されました。

Rapid Review of AGPs - SDCEP

まずは、このイギリスのガイダンスの詳細を確認してみましょう。

 

Rapid Review of Aerosol Generating Procedures in Dentistry by SDCEP

サマリー

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Fallow time(待機時間と訳しました)

待機時間の目的は”いわゆるエアロゾル”による感染を予防するためです。

グループAの処置をした場合、15〜30分の待機時間が必要であり、大容量吸引やラバーダムの使用により待機時間を5分ほどは短縮できること、最低でも10分の待機時間が必要であるとしています。

また換気条件が悪ければさらに長い待機時間が必要とも推奨しています。

 

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グループAの歯科処置とは、5μm未満の微粒子を排出しうる歯科処置のことです。

以下の表にまとめられています。

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超音波スケーラー、60,000rpm以上のタービンやエンジンの使用、ピエゾサージャリー、エアーポリッシャー、3wayシリンジの水と空気同時使用がグループAの処置に該当しています。

 

フローチャート

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これらがまとまったフローチャートが示されています。

まず、換気が出来ない診療室ではグループAの処置はしてはならない、としています。

次いで、ACHが1〜5または不明、6〜9、10以上に分類されています。

ACHについてはこちらから確認してください。

www.masaomikono.com

 

さらに大容量吸引を使用したか、ラバーダムを使用したか、で細分化されています。

最後に、グループAの処置をした時間の長さが尋ねられ、5分以上か5分以下で分類され、待機時間が決定されます。

例えば、ACHが10以上であり、グループAの処置時間が5分未満であれば待機時間は10分で済みますが、ACHが1〜5で、グループAの処置時間が5分以上、ラバーダム不使用であれば25分以上必要となってしまいます。

 

他のガイダンス

正直他の国のガイダンスまで細かく見ることは出来ていません。

どなたかご存知でしたらお知らせください。

ただ、カナダでは州ごとにガイダンスが異なるようで、待機時間に関するレビュー論文が出ていました。

A Review of "Optimal Fallow Period" Guidance Across Canadian Jurisdictions

各種条件により左右されますが、13州中9州で、15〜180分の待機時間が必要である、とのガイダンスが出ているとのことです。

 

待機時間の科学的根拠

① タービンやエンジンから発生する小さな飛沫(英)

Mechanisms of Atomization from Rotary Dental Instruments and Its Mitigation

60,000rpm以下では、空気中を一定時間漂う可能性のある小さな飛沫が確認されなかった、とする結果が得られています。

この結果が、SDCEPのグループAの処置の分類に反映されています。

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② 非個室型診療室でのエアロゾルの分布(英)

蛍光色素を用いた研究です。マネキン(ファントム)の口腔内に唾液の流量と同じだけの蛍光色素を注入し、治療のデモを行い、色素の分布を観察しています。

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この研究では、対面換気の重要性が明らかになっております。

また、発生するエアロゾルの大部分は、発生から10分後までにそのほとんどが検出されており、ここから待機時間は10分必要だと結論付けています。

ただ、この10分は換気条件が良い場合に限った結果であることに注意が必要です。

 

③ 10μm未満のエアロゾルの分布(英)

Evaluating aerosol and splatter following dental procedures: Addressing new challenges for oral health care and rehabilitation

タービン、超音波スケーラー、3wayシリンジについて分析しています。

タービン>超音波スケーラー>3wayシリンジの順にエアロゾルの量が多く、分布が広いという結果になっています。

なお、コロナ前は超音波スケーラーが最もエアロゾルを発生するのではないかと考えられていましたが、最近の研究では(少なくとも私が目を通したものは)すべてタービンのほうがエアロゾル量が多いという結果になっています。

また、分布範囲はほとんどが近距離(1.5m以内)にとどまっていますが、4mほど遠隔からも検出される例がありました。

吸引については、術者が吸引するよりも、助手が吸引したほうがエアロゾル量が減少していました。4ハンドが有効だ、とするガイダンスが多いですが、その説を補強する根拠ともなっています。

10μm未満のエアロゾルは、30分後には検出されなくなっていました。

 

④ 発生するエアロゾルの粒径(英)

SARS-CoV-2: characterisation and mitigation of risks associated with aerosol generating procedures in dental practices

パーティクルカウンターという、空気中の粒子の粒径と個数をカウントする機械を用いた研究です。

発生するエアロゾルのほとんど(個数)が0.3μm未満であったとのことでした。

個数ですので、体積については分かりませんが、歯科処置はエアロゾルを発生する処置なのかどうなのか、決定していませんでしたが、この研究結果で5μm未満の粒子を発生する処置であることが確認されたと言えます。

同様の実験系(+α)を考えていたのですが...。そういう場所にいないとダメですねぇ。

またこの研究では口腔外バキュームの有用性についても示唆的な結果が得られています。

 

⑤ 機械換気に空気清浄機を併用した研究(米)

Effects of mechanical ventilation and portable air cleaner on aerosol removal from dental treatment rooms

個室タイプの診療室で、機械換気単独と機械換気に空気清浄機を併用した場合のエアロゾルの除去効率を比較した研究です。

ACHが低い診療室では空気清浄機は有効でしたが、ACHが十分に大きい診療室では効果が限定的でした。

また、ACHが大きな部屋でも、エアロゾルが95%除去されるまでに必要な時間は3〜9分という結果が出ており、待機時間は10分程度は必要であろうことが示唆される結果となっています。

 

小括

このように、待機時間が必要であることを示唆する論文が増えており、この流れは今後加速することが予想されます。

 

変わり種

一方、そもそも歯科治療で発生するエアロゾルで感染するのか?という根源的な疑問に応えようとする研究もなされています。

 

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実験系が難しく、また”いわゆるエアロゾル”というよりは飛沫だけを見ているような(そして筆者らはそれに気がついていない?)内容でした。

「感染リスクがない」ことの証明は難しいというより不可能ですが、他の対策(ワクチン等)や感染者数によって、待機時間の扱いも変わってくるかもしれません。

個人的に、この論文が待機時間の是非に影響するとは考えていません。

 

日本

日本では待機時間に触れたガイダンスはまだありません。

今後の世界の潮流がどのようになるのか、注視したいと思います。

ただ、待機時間が必要だ、という流れになった時、日本で何も準備が出来ていないとマスコミの格好の餌食となる恐れがあります。

セミナーにお招きいただいた某県の某団体様にはお伝えしましたが、議論の準備だけでもしておいたほうが良いかと思います。

今日から導入しろ、と言われても厳しいですからね。いや、導入そのものは簡単ですが、お金が保ちません。

 

追記(2021.06.15)

世界各国のガイダンスをレビューしている論文ですが、この論文によると、2020年7月の段階で、48%のガイダンスが待機時間に言及していたようです。

予想していたより多いな、という印象を受けました。

論文は最新ですが、レビューが行われたのは 1 年前ですから、最近どうなっているのかは分かりません。

 

まとめ

待機時間は今後大きなトピックスになっていく可能性があるのでは、と予想しています。

CDC や WHO が待機時間に言及するかどうか、が決め手になるのでしょうか...。

どこかで火がついた時にどう対応するか、空振りになるかもしれませんが、準備だけでもしておいたほうが良いと思います。

 

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