河野雅臣 歯科医師・博士(感染制御学)

感染制御学の博士号を持つ歯科医師です。新型コロナウイルスを含む、感染対策について発信するブログです。

歯科医院での接触感染のリスクは低いのか?

現地時間 4月5日付けで、CDC から以下のような論説が出ておりました。

Cleaning and Disinfecting Your Facility | CDC

Science Brief: SARS-CoV-2 and Surface (Fomite) Transmission for Indoor Community Environments | CDC

簡単にまとめますと以下の通りです。

内容

・一般的な生活環境において、接触感染のリスクは低く、汚染された環境表面に触れて感染を引き起こす可能性は 1/10,000 以下である

・環境表面の消毒を頑張ってもほとんど感染リスクは減らない

・ただし、手指衛生は感染リスクを減らすために重要である

・また、感染者あるいは感染が疑われる人が室内にいた場合には、環境表面を消毒する必要がある

・消毒も大切だが、洗浄も大切。洗浄が可能であればまず洗浄を行うことで 90〜99.9%、微生物レベルを低減させることができる

 

詳細は、こちらの記事も参考になさってください。

新型コロナ、接触感染のリスクは低い?「清掃は通常1日1回で十分」米CDCのガイドラインが改訂 | ハフポスト

 

なぜ接触感染のリスクは低いのか

接触感染には以下に示す、複数の要因が関係すると説明しています。

  1. 地域社会での感染率
  2. 感染者の排出するウイルス量
  3. 排出されたウイルス粒子の環境表面への付着効率
  4. ウイルスにダメージを与える環境因子
  5. 環境表面が汚染してから、人がその表面に触れるまでの時間
  6. 汚染された手から粘膜(眼、鼻、口)へのウイルス粒子の移動効率
  7. 粘膜からの感染を引き起こすのに必要なウイルス量

この中でも特に、ウイルス粒子の移動効率が悪いことが指摘されていました。

 

注意点

この論説は、表題にもある通り「Indoor Community Environment」ですから、一般的な室内に応用されるものです。

医療機関には適応されません。

 

歯科医院での接触感染は?

それでは医療機関、特に歯科医院ではどうなのでしょうか?

歯科医院での接触感染のリスクを評価した研究は、残念ながらまだありません。

(コロナ禍では主にエアロゾルに注目が集まっていましたので、エアロゾル関連の研究は多くあります。)

したがってここから先は類推(アナロジー)になりますので、その点ご注意ください。

エビデンスレベル 6 の「専門家の意見」(私が専門家なのか異論反論が非常に多くあるかと思いますが...)とお考えください。

 

唾液に含まれるウイルス

こちらの論文は非常に重要な論文ですので、一度目を通されることをお勧めします。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

おおよその内容は以下の通りです。

① 唾液腺や歯肉など、口腔粘膜には広く ACE2 や TMPRSS2 が発現していた

f:id:masaomikono:20210601202829j:plain

ACE2:SARS-CoV-2 のレセプター

TMPRSS2:SARS-CoV-2 の感染に関わるプロテアーゼ

すなわち、口腔粘膜から感染しうる、ということです。

 

② 感染者から採取した唾液には感染力と増殖力を持つウイルスが含まれる

これは結構ポイントで、唾液中に活性のあるウイルスがあることを意味します。

f:id:masaomikono:20210601202807p:plain

 

③ マスクを装着することで、唾液の飛沫が 10 倍以上減少した

f:id:masaomikono:20210601202849p:plain

 

考察

歯科医院で接触感染はあり得るのか、という問いに対しては「大いにありうる」が答えとなるでしょう。

前述の論文から、SARS-CoV-2 は口腔粘膜から感染しうること、また唾液中に活性のある SARS-CoV-2 が含まれていることが分かりました。

それを踏まえて、CDC が接触感染に影響を与える因子と列挙したものを見比べてみましょう。

  1. 地域社会での感染率
  2. 感染者の排出するウイルス量
  3. 排出されたウイルス粒子の環境表面への付着効率
  4. ウイルスにダメージを与える環境因子
  5. 環境表面が汚染してから、人がその表面に触れるまでの時間
  6. 汚染された手から粘膜(眼、鼻、口)へのウイルス粒子の移動効率
  7. 粘膜からの感染を引き起こすのに必要なウイルス量

1. は状況次第ですので歯科医院にはコントロール不可能な部分です。

2. は個々の患者に依存するものですから、こちらもコントロール不可能です。

7. は残念ながらまだよく分かっていません。

 

それ以外はコントロール可能な部分です。

3. 環境表面への付着効率ですが、唾液で汚染されたグローブであちこち触れることで唾液による汚染が拡大し、ウイルスの環境表面への付着効率が高まります。

4. ウイルスにダメージを与える環境因子としては、環境表面の消毒がこれに該当します。もちろん消毒は大切ですが、唾液での汚染をなるべく起こさないような配慮も大切です。

5. 環境表面が汚染してから、人(歯科医師など)がその表面に触れる時間ですが、これは次の患者がすぐにいますから、非常に短時間と言えます。ウイルスが失活するには不十分でしょう。

6. 汚染された手から粘膜への移動効率ですが、前の患者の唾液で汚染された環境表面を触り、そのグローブで次の患者の口腔内に触れれば、移動は成立します。このときの唾液量、すなわちウイルス量は、一般生活環境の比ではないことは容易に想像できます。

コントロール可能な部分はすなわち、適切な感染予防策で対応可能である、ということです。

以上より、歯科医院では接触感染のリスクはある、少なくとも一般環境ほど小さくはないと考えることは妥当でしょう。

 

まとめ

最近、いわゆるエアロゾルによる感染リスクは高くないのではないか、とする論文が発表されています。 

www.masaomikono.com

論文の内容に若干の疑義はあるものの、これまでの歯科治療を通した感染の報告の少なさからも、これは十分ありうると思っています。

同様に接触感染も少ないかもしれませんが、接触感染は主に患者ー患者間で生じると考えれば、これまで報告がなかったことは不思議とは言えません。

そこまで保健所の調査が及んでいない(あるいは感染者が多くて対応できていない)可能性があるからです。

...まあこの話はこのくらいにしておきましょう。

 

しかし今後、ワクチンが普及して感染者が少なくなってくると、保健所の調査能力に余裕が出て、調査が綿密に行われるようになるかもしれません。(COVID-19 が積極的疫学調査の対象であり続けるかも分かりませんので何とも言えませんが...)

 

富山県でクラスターが発生したと”報告された”ワケ、として解説いたしましたが、感染対策上の不備があれば、公表される前例が出来たと考えています。 

www.masaomikono.com

油断することなく、感染予防策に取り組んでおいた方がいいのかもしれません。

未来のことですので、ご判断は読者のみなさまに委ねます。

 

院内の感染予防策を強化したい方はご相談ください

www.masaomikono.com

www.masaomikono.com