河野雅臣 歯科医師・博士(感染制御学)

感染制御学の博士号を持つ歯科医師です。新型コロナウイルスを含む、感染対策について発信するブログです。

COVID-19 と歯周病の関係 その2

歯周病と COVID-19 の関係について、以下の論文が Journal of Dental Reseach から発表されていましたので共有したいと思います。

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

以前も口腔ケアと COVID-19 に関する論文をブログで紹介いたしました。

 

こちらのカタールの論文では因果関係の推論はできませんでしたね*1

 

さて、今回イギリスから発表された論文について見てみましょう。

 

論文詳細

研究背景

・COVID-19 のアウトカム(感染、入院、死亡)と肥満には関連がある

・肥満と歯周病にも関連がある

・COVID-19 と歯周病の関連は明らかでない

→ 肥満が影響を与える COVID-19 のアウトカムにおける歯周病の相加効果*2を明らかにすることを目的とした

A→B、A→C、なので B→C ではないか、とするアナロジーですね。
一般社会では多用される思考法ですが、医学領域ではヒトに応用するためには科学的に検証する必要があります。

 

研究デザイン

・UK Biobank というデータベースを用いた研究

・UK Biobank は ICD-10 の診断コードを組み込んだ参加者の健康アウトカムデータベースであり、入院データや死亡記録も含まれている*3

・文中にはないが歯科記録は UK Bionbank の対象外?分からないが、本研究で必要なデータはアンケート調査(または聞き取り調査?)によって得ている

歯周病の指標

・サロゲートマーカー*4として自己申告の口腔衛生指標(Abbood et al., 2016)を用いている

・歯肉からの出血や痛みは軽度〜中等度の歯周病と判断

・歯の喪失は重度の歯周病と判断

・いずれの報告もなかった場合は歯周病ではないと判断

 

肥満の指標

・BMI を使用

・18.5~24.9kg/m^2 は普通体重、25~29.9 は軽度肥満、30 以上は肥満と分類

 

変数

・一般的な人口統計学的変数、喫煙、CRP

 

統計

・歯周病と BMI のカテゴリー別感染率を、ロジスティック回帰分析を行い共変量で調整、オッズ比を算出

・歯周病と BMI のカテゴリー別入院率および死亡率を、Coxハザードモデルを用い共変量で調整、ハザード比を算出

・欠損データは多重代入した

Method および Discussion を読んだ限りでは、欠損値を代入しただけのようです。
傾向スコアマッチングや IPTW法を行っていない(UK Biobank は性質上ランダムサンプリングができないとのこと)ので MICE を行っているわけでもなさそう。
データベース研究の限界なので、これは仕方ないと思います。
少なくとも日本はここまで到達することすらできないわけですから文句は言えません...(カタール論文でも同じこと思いました)

 

結果

・対象者は 58,897人、そのうち 14,466 人(24.6%)が COVID-19 陽性

・歯肉出血があったのは 6,124人(10.3%)、歯肉の痛みがあったのは 1,397人(2.4%)、歯の欠損があったのは 1,511人(2.5%)、84.1%は歯周病なし(49,565人)

 

感染率

歯周病でない患者に限定した場合(Fig.3 青枠)

・普通体重と比較して...

 過体重:aOR = 1.18 [95% CI: 1.12-1.24]*

 肥満:aOR = 1.33 [1.26-1.41]*

歯周病患者に限定した場合(Fig.3 赤枠)

・普通体重と比較して...

 過体重:aOR = 1.21 [1.11-1.32]*

 肥満:aOR = 1.37 [1.23-1.52]*

f:id:masaomikono:20210827142800p:plain

歯周病でない患者と歯周病患者の比較

・歯周病患者の感染率(Fig.2 赤線)は、歯周病でない患者(Fig.2 青線)と比較して差がなかった

f:id:masaomikono:20210827120825p:plain

・普通体重の歯周病患者:aOR = 0.97 [0.88-1.07]

・過体重の歯周病患者:aOR = 1.06 [0.98-1.15]

・肥満の歯周病患者:aOR = 1.08 [0.99-1.17]

小括

・SARS-CoV-2 感染率には歯周病の相加効果は確認されなかった

雑に言えば感染のしやすさに歯周病は影響していなかった、ということです。

 

入院率

歯周病でない患者に限定した場合(Fig.3 青枠)

・普通体重と比較して...

 過体重:aHR = 1.36 [1.12-1.63]*

 肥満:aHR = 2.22 [1.84-2.68]*

歯周病患者に限定した場合(Fig.3 赤枠)

・普通体重と比較して...

 過体重:aHR = 1.38 [1.02-1.87]*

 肥満:aHR = 2.24 [1.66-3.03]*

f:id:masaomikono:20210827143001p:plain

歯周病でない患者と歯周病患者の比較

・歯周病患者の入院率(Fig.2 赤線)は、歯周病でない患者(Fig.2 青線)と比較して、肥満の患者の場合は高かった(*)

f:id:masaomikono:20210827121503p:plain

・普通体重の歯周病患者:aHR = 0.70 [0.47-1.05]

・過体重の歯周病患者:aHR = 1.14 [0.90-1.45]

・肥満の歯周病患者:aHR = 1.57 [1.25-1.97]*

小括

・BMI 30以上の肥満の COVID-19 患者でのみ、歯周病の相加効果が認められた

・BMI 30未満の場合、歯周病患者と歯周病でない患者では差がなかった

雑に言えば、BMI が 30 を超えていれば歯周病が影響して入院しやすくなる(入院するほど悪化する)*5、ということです

f:id:masaomikono:20210827144552p:plain

BMI 早見表

図表出典(フリー素材):栄養・食事指導の"現場"で、使える・学べる・役に立つ。 栄養指導Navi

 

死亡率

歯周病でない患者に限定した場合(Fig.3 青枠)

・普通体重と比較して...

 過体重:aHR = 1.38 [1.04-1.82]*

 肥満:aHR = 2.20 [1.66-2.91]*

歯周病患者に限定した場合(Fig.3 赤枠)

・普通体重と比較して...

 過体重:aHR = 0.90 [0.53-1.51]

 肥満:aHR = 2.47 [1.61-3.79]*

f:id:masaomikono:20210827143039p:plain

歯周病でない患者と歯周病患者の比較

・歯周病患者(Fig.2 赤線)の死亡率は、歯周病でない患者(Fig.2 青線)と比較して差がなかった

f:id:masaomikono:20210827121717p:plain

・普通体重の歯周病患者:aHR = 0.38 [0.16-0.91]*

・過体重の歯周病患者:aHR = 0.92 [0.62-1.38]

・肥満の歯周病患者:aHR = 1.38 [0.95-2.01]

小括

・BMI が 18.5〜24.9 の COVID-19 患者では、歯周病の負の相加効果が認められた(歯周病患者の方が死亡率が低い)

・BMI 25 以上の場合、歯周病患者と歯周病でない患者では差がなかった

雑に言うと、BMI が 25 未満の場合、COVID-19 で死にたくなければ歯周病にかかった方がいいということです

 

総括

・歯周病であってもなくても SARS-CoV-2 の感染率は変わりなかった

・入院率・死亡率も基本的には歯周病は影響がなかった

・BMI 30 以上の患者では、歯周病は入院率を上げていた(歯周病じゃないほうがいい)

・BMI 25 未満の患者では、歯周病は死亡率を上げていた(歯周病であるほうがいい)

 

限界

・UK Biobank の特性上、中年層が多いため本研究で見られた相加効果は生理学的なものではなく、人口統計学的な要因など他の要因によるものである可能性がある

・自己申告の口腔衛生指標を用いたため、「歯周病である」ことを調べる方法として感度と特異度が低い可能性がある

・本研究では約15%が歯周病あり、と判断されたが、イギリスの2009年成人歯科健康調査では成人の45%が慢性歯周炎と診断されており、明らかに有病率が低い。選択バイアス(あるいは社会的望ましさバイアス)がかかっている可能性がある。

 

筆者らの主張

・本研究の結果から因果関係を推論するのは慎重に行うべきである

・IPTW法(周辺構造モデル)などで交絡を減らし、媒介効果を評価した方が良い結果が出ただろう

・COVID-19 の入院を予防するための公衆衛生上の施策として、口腔衛生を励行し、自己管理を推奨すべきである 

 

個人的なレビュー

因果推論

 IPTW法(周辺構造モデル)、あるいは傾向スコアマッチングで分析できれば...とは思うが、前述した通り UK Biobank の性質上難しかったようである。それであっても本研究を行うことができる国は他にないだろう(データベースが揃っていることに加え、感染者数が多いことも必要なので)。その意味で非常に価値のある論文だと思われる。

口腔衛生推奨の是非

 筆者らは本研究結果をもとに「COVID-19 の入院を予防するための公衆衛生上の施策として、口腔衛生を励行し、自己管理を推奨すべきである」としているが、減少が確認されたのは肥満の歯周病患者の入院のみであり、無理がある。
 無症状であれば自己管理できるが、症状があれば苦しくて出来ない可能性もある。もし本研究結果をもとにわが国で歯科の介入を行うのであれば(2021年8月27日現在、デルタ株による第5波)、自宅療養やホテル療養している肥満患者のところへ歯科が赴いてケアをすることは有意義である可能性がある。
 一方で本研究結果をもとに、公衆衛生的なアプローチ(国民への呼びかけ)、特に感染していない国民、ワクチン未接種の国民への呼びかけとして口腔衛生を励行することは不適当だろう。感染率には歯周病の影響が認められなかったのだから。
 現在公衆衛生上最も推奨すべきはワクチン接種である。次が従来からのコロナ対策(3密回避、5つの場面回避、マスク、手指衛生、検査ではなく症状によるスクリーニング)である。歯科界としてもこれらを強く推奨するべきであると考える。

バイアス

 歯周病の有病率が既存の報告よりも少なく、選択バイアスがある可能性が指摘されている。歯の欠損はともかく、未検出の歯周病患者は自覚できないレベルの出血や疼痛、すなわち軽度の歯周炎患者である可能性が考えられる。逆に言えば、本研究の歯周病患者は自覚症状があるほどの中等症〜重度の歯周病患者であった可能性がある。このことは「もし歯周病の影響があった」ならば、より強い影響が出る(有意差が出る)方向の選択バイアスであり、その状態でもほぼ影響が見られなかったことから、本研究結果を揺るがすものではないと考えられる。

 前項で「自宅療養やホテル療養している肥満患者のところへ歯科が赴いてケアをすることは有意義」としたが、「歯周病の自覚症状のある肥満患者」と限定しても良いかもしれない。特に訪問できる歯科医療従事者が限られている場合、対象者を絞る指標にすることができるだろう。

 一方で、これが社会的望ましさバイアスであった場合は逆の解釈になる。ただ、UK Biobank や自己報告の歯周病指標の聞き取り結果は匿名化されており、そのことは IC されていただろう(そうでなければ倫理審査が通らないでしょう)。したがってこの可能性は高くないし、もしあったとしても前述の選択バイアスより影響は小さいことが予想される。

・感染率についてはオッズ比なので因果関係は示せない。入院率や死亡率も研究デザイン上、因果関係を示せたとは言い切れない。とは言え症例数は多く、robust な結果だと言える。少なくともカタール論文とは比べ物にならないほど優れた論文である。

 

まとめ

お馴染みの格言、”Absence of evidence is not evidence is absence.” の通り、COVID-19 の感染/入院/死亡に歯周病の関連があるという根拠がなかったからと言って、真に根拠がないとは言うことはできません。

だからと言って「それでも歯周病は関係している可能性はある!」「口腔ケアで感染予防ができるかもしれない!」と言っていいわけではありません。

これを現在進行形で行っているのがイベルメクチン推奨派です。あれは科学者としてやってはいけない典型ですね。

参考1:効くのか?効かないのか? イベルメクチン コロナ治療に効果は… | 新型コロナウイルス | NHKニュース

参考2:アメリカでは馬用のイベルメクチンを服用し救急搬送される人が続出、FDAが激おこぷんぷん丸で「お前らは馬か!(意訳)」と声明を発表しています。

 

自宅療養あるいはホテル等で療養している肥満の COVID-19 患者への歯科訪問診療、口腔ケア等の歯科的介入は考慮に値すると思います。

 

COVID-19 患者のもとへ訪れる...

そんな時、参考になるのがこちら! 

日本老年歯科医学会の「歯科訪問診療における感染予防策の指針 2021年版」です!

なんと無料でダウンロードできます。ぜひご活用ください!

 

肥満、こわいですね。 

おまけ

まあ、何というか、その、そろそろ方針転換したほうがいいと思いますよ(意味深)

 

*1:一部ではこの論文をもって「歯周病は COVID-19 の重症化リスク因子だ」「歯周病だと COVID-19 による死亡リスクが 8.8倍になる」といった誤解による発信がなされておりました。

さらに極一部ですが、「口腔ケアで COVID-19 の感染予防ができる」といった珍説まで披露されているようです。

もしそうなら(≒もしこのカタール論文が質の高い研究なら)、歯科系雑誌ではなく Lancet や NEJM、JAMA あたりに掲載(転載)されて然るべしだと思うんですけどね。

*2:変数Aがアウトカムに与える影響に、変数Bがアウトカムに与える影響が加わること。A+Bの関係。相乗効果はA×Bの関係。

*3:こういうのがあるのは単純にうらやましい

*4:真のエンドポイントとの関係が科学的に証明されている生物学的指標(バイオマーカー)のこと。真のエンドポイントを測定することが倫理的に適切でない場合や、発症頻度が少なく統計的に意味のあるほどの症例数を集めることが困難な場合に用いられる。サロゲートマーカーの改善をエンドポイントとして有効性を示しても真のエンドポイントの改善につながらない場合もある。本研究では歯周病であるという診断を UK Biobank からは得られないので、止むを得ずサロゲートとして自己申告の指標を用いたということでしょう。

*5:ハザード比なのでこのような表現が一応可能です