2021年6月30日、国立感染症研究所の「新型コロナウイルス感染症に対する感染管理」が約半年ぶりに改訂されました。
新型コロナウイルス感染症に対する感染管理(2021年6月30日改訂版)
押さえておくべきポイント
歯科に関係する主な改訂としては以下の3つが挙げられます。
- エアロゾルが発生する可能性のある手技として、これまでは記載がなかった「歯科口腔処置」が加わった
- COVID-19患者あるいは疑われる患者、濃厚接触者の歯科診療ではN95マスクが必要、N95マスクには事前のフィットテストと装着前のシールチェックが必要
- 環境表面の消毒に次亜塩素酸水の使用が可能;ただし調整直後の使用または事前に濃度を確認すること、ヒタヒタに濡らして20秒以上作用させること
一つずつ見ていきましょう。
エアロゾルが発生する可能性のある手技
「歯科口腔処置」がエアロゾルが発生する可能性のある手技として、日本の公文書では初めて記載されました。
画期的なことと評価する一方、いくつが問題があります。
まず、「エアロゾルとは何か?」という定義が示されていません。
また、「歯科口腔処置」とは何を指すのかもはっきりしません。
さらに、「歯科口腔処置がエアロゾルを発生する可能性がある」とする根拠も示されていません。
エアロゾルとは何か?
「エアロゾル」という用語は定義が定まっていません。
そのために様々な混乱を招いています。
論文などを読んでいても、エアロゾルという定義が記載されておらず、適当に使われていることもしばしばです。
昨今では再定義(というよりも初めて定義する?)の流れもあるようで、100μm を基準とするべきだとする意見があります。
現状としてはある程度のコンセンサスとして、「一定時間空気中を浮遊することができる(感染性)微粒子であり、浮遊する時間は各種条件で左右される」と考えて差し支えないと思います。
以下、マニア向け
こうした混乱があることは国立感染症研究所であれば承知のことだと思いますが、可能な範囲で「エアロゾルとは何か」を示してもらいたかったと思っています。
というのも、エアロゾルによる感染を「空気感染」と誤って解釈してしまう人がいるからです。
古典的な感染経路として飛沫感染と接触感染、空気感染がありますが、それぞれ対をなすように感染対策が定まっています(表)。
もし「COVID-19は空気感染する」と言うのなら、「空気感染予防策が必要だ」と言うことになります。したがって陰圧室とN95マスクで診療・管理する必要があるわけです(そうしたいならそうしたらいいと思いますよ)。
「陰圧室は必要ない、N95マスクは必要だ」であれば、空気感染予防策ではなく、したがって空気感染ではありません。と同時に飛沫感染の範疇からもはみ出しています。
新しい感染経路、感染予防策の概念の確立が必要だと思います。
歯科口腔処置とは何か?
一口に歯科口腔処置と言っても多岐にわたります。
これまでのところ、タービン、超音波スケーラー、3wayシリンジ、エンジン(60,000rpm以上)がエアロゾルが発生する処置と考えられています。
他の処置、特に歯磨きや歯面清掃はどうでしょうか?
研究が必要だと思います。
今回発表された国立感染症研究所の「新型コロナウイルス感染症に対する感染管理」の記載を確かなものにするためにも、研究が必要です。なければ今後もこのままでしょう。
歯科口腔処置がエアロゾルを発生させる可能性がある?
前述した通り「エアロゾル」の定義ははっきりしていない(特に粒径)のですが、少なくとも5μm未満の微粒子が発生していることを示すことができれば「エアロゾルが発生している」と言って差し支えないでしょう。
それを示す論文はいくつかあります。
② Mitigating saliva aerosol contamination in a dental school clinic
③ Mechanisms of Atomization from Rotary Dental Instruments and Its Mitigation
いずれもタービンや超音波スケーラーを使用した研究ですが、パーティクルカウンターという機械を用い、0.1 〜 10 μm の粒子を観測したと報告しています。
0.3μm 未満の粒子が 99% 以上を占めていた、とする報告①もあり、今後エアロゾルの定義がどうなろうとも、歯科口腔処置の”一部”はエアロゾルを発生させる可能性があると言えるでしょう。
おまけ:歯科口腔処置で発生するエアロゾルに SARS-CoV-2 は含まれているのか
エアロゾルが発生していようとも、エアロゾル中にウイルスが存在していなければ感染リスクは下がります。
これについては、エアロゾル中に SARS-CoV-2 を確認した、とする論文と確認されなかった、とする論文がそれぞれ発表されています。
この話題も近日中にブログにまとめようと思います。
N95 マスク
今回、「COVID-19 患者あるいは疑われる患者、濃厚接触者の歯科診療では N95マスク が必要」と明記されました。
COVID-19 患者と濃厚接触者は診断あるいは認定がなされているのでわかりやすいのですが、問題は「COVID-19 が疑われる患者」です。
潜伏期間あるいは無症状者にも感染力がありますので、非常に悩ましいところです。
少なくとも現在行っているスクリーニング(受診時の検温や体調の聞き取り、体調不良時の診察延期や出勤停止)は継続する必要があります。
フィットテスト・シールチェック
N95マスクには事前のフィットテスト(写真)と装着前のシールチェックが必要と明記されました。
フィットテストを行わない N95 マスクの使用はサージカルマスクよりも劣る可能性も指摘されています。医療資源の無駄使いにもなりますので、使用するのであればフィットテストを行いましょう。
もちろん使用直前のシールチェックもお忘れなく。
次亜塩素酸水
環境表面の消毒への使用が明記されました。
使用方法の制限が多く、ヒタヒタに濡らす必要があるため量も必要ですね。大量に使用する場合(例えば浴室の清掃・消毒)ならいいのかもしれませんが、日常診療現場では現実的ではないでしょう。
(国立感染症研究所の書き方は使うなと言っているように読めます(笑))
次亜塩素酸ナトリウム(ハイター®︎)の方が使い勝手がいいですね、安いですし。
また、医療器具の消毒や手指への応用、口腔内への応用(うがい・ユニット給水系への導入)が許可されたわけではありませんのでご注意ください。
その他:医療関係者の感染予防策
冒頭に「医療関係者の感染予防策」が記載されています。
医療機関内の感染予防策よりも先に書かれているということは、重要だということです。
日常生活で3密を避けること、医療機関内でも3密を避ける(更衣室や休憩室など)、体調不良時は出勤しない、などの項目があります。
ワクチン接種による緩和策は記載されていません。記載されていないということは、これまでと扱いは変わらないということです。
ワクチン接種の有無で対応を変えないようにしましょう。
まとめ
こうした公的機関の発表から、徐々に未来の感染予防策の輪郭が分かってくることでしょう。
歯科領域も少しずつ変わりつつあります。今後またブログにまとめようと思います。